行政手続法:行政手続の基本構造 - 特定行政書士試験学習ガイド
第1章 行政手続法の概要と意義
1.1 行政手続法制定の背景と目的
行政手続法は平成5年(1993年)に制定され、平成6年10月1日から施行された比較的新しい法律である。この法律が制定される以前の日本の行政は、明治憲法下の官治主義的な発想が色濃く残り、行政の内部手続については各省庁が独自に定める訓令や通達により運用されていた。
戦後の日本国憲法下においても、行政手続に関する統一的な法律は存在せず、個別法において断片的に手続が定められているに過ぎなかった。しかし、国民の権利意識の高まりや行政の透明性・公正性への要求の強まりを受けて、統一的な行政手続法の制定が求められるようになった。
行政手続法第1条は、同法の目的を次のように規定している:
「この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする。」
この目的規定から、行政手続法の三つの基本理念が読み取れる:
- 公正の確保:行政手続が公正に行われること
- 透明性の向上:行政手続が透明であること
- 国民の権利利益の保護:国民の権利利益が適切に保護されること
1.2 行政手続法の適用範囲
行政手続法は、国の行政機関が行う行政手続について適用される(第3条第1項)。ただし、以下のものは適用除外とされている:
(1)適用除外機関(第3条第1項各号)
- 国会及び国会の議長、副議長、委員長その他の機関
- 裁判所及び裁判官
- 会計検査院
- 人事院及び人事院の人事官その他の機関
- 内閣及び内閣総理大臣、各国務大臣その他の機関(政令で定める場合を除く)
(2)適用除外処分(第3条第2項各号)
- 国会の同意人事や審議会等の諮問に関するもの
- 刑事事件・少年事件に関するもの
- 外国人の出入国・帰化・難民認定に関するもの
- 税関手続に関するもの
- その他政令で定めるもの
地方公共団体については、行政手続法は直接適用されないが、第46条により「この法律の趣旨にのっとり、行政手続に関し必要な措置を講ずるよう努めなければならない」とされている。これを受けて、多くの地方公共団体が独自の行政手続条例を制定している。
第2章 行政手続の基本類型
2.1 処分
(1)処分の意義
行政手続法第2条第1号は、処分を「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう」と定義している。これは行政事件訴訟法第3条第2項と同様の定義であり、実質的意味での行政行為を指している。
処分には以下のような特徴がある:
- 行政庁が行う行為であること
- 公権力の行使に当たること
- 国民の権利義務に直接影響を与えること
- 法的効果を生じさせること
(2)処分の種類
処分は、その性質により以下のように分類される:
①法的効果による分類
- 権利設定的処分:営業許可、運転免許など
- 権利剥奪的処分:営業許可取消し、運転免許停止など
- 義務設定的処分:納税通知、建築確認など
- 権利確認的処分:戸籍の記載、登記など
②裁量の有無による分類
- 羈束処分:法令により要件・効果が厳格に定められた処分
- 裁量処分:行政庁に一定の判断の余地が認められた処分
③相手方による分類
- 特定人に対する処分:個人を名宛人とする処分
- 一般処分:不特定多数の者に対する処分
2.2 申請
(1)申請の意義
行政手続法第2条第2号は、申請を「法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を与える処分を求める行為をいう」と定義している。
申請の要素:
- 法令に基づくものであること
- 行政庁に対して行われること
- 自己に対し利益を与える処分を求めること
- 許可、認可、免許等の処分を求めること
(2)申請の類型
申請は、求める処分の性質により以下のように分類される:
①許可:一般的に禁止されている行為を特定の場合に解除する処分 ②認可:法律行為の効力を完成させる処分
③免許:一般的に禁止されている行為を特定の者に認める処分 ④特許:新たに権利や地位を設定する処分 ⑤確認:一定の事実や法律関係の存否を確定する処分
2.3 不利益処分
(1)不利益処分の意義
行政手続法第2条第4号は、不利益処分を「行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう」と定義している。
不利益処分の要素:
- 行政庁が行う処分であること
- 法令に基づくものであること
- 特定の者を名宛人とすること
- 直接に義務を課し、又は権利を制限すること
(2)不利益処分の類型
①義務賦課処分:代執行の命令、改善命令など ②権利制限処分:営業停止処分、運転免許取消しなど ③資格剥奪処分:公務員の懲戒免職など ④財産権制限処分:課税処分、財産の没収など
ただし、以下のものは不利益処分から除外される(第2条第4号ただし書):
- 事実上の行為及び事実上の行為をするに当たりその範囲、時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分
- 申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づいてされる処分
- 名あて人となるべき者の同意の下にされる処分
- 許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの
第3章 申請に対する処分の手続
3.1 標準処理期間
(1)標準処理期間の意義
行政手続法第6条は、行政庁に対し、申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間(標準処理期間)を定めるよう努めることを求めている。
標準処理期間は、行政の透明性を確保し、申請者の予見可能性を高めることを目的としている。ただし、これは努力義務であり、法的義務ではない。
(2)標準処理期間の効果
標準処理期間を定めた場合の効果:
- 申請者の予見可能性の向上
- 行政庁の事務処理の効率化の促進
- 行政の透明性・公正性の確保
標準処理期間を超過した場合の法的効果:
- 直接的な法的効果はない
- 国家賠償法上の違法性の判断要素となり得る
- 行政指導における考慮要素となり得る
3.2 審査基準
(1)審査基準の意義と法的根拠
行政手続法第5条第1項は、「行政庁は、申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準を定めるものとする」と規定している。この基準が審査基準である。
審査基準の設定は、行政庁の法的義務である(「定めるものとする」)。ただし、以下の場合は除外される:
- 法令において判断の基準が明確に定められている場合
- 個別の事案における事実関係に応じて専門技術的な考慮を要する場合
(2)審査基準の内容
審査基準に含まれるべき事項:
- 許認可等の要件
- 審査の判断基準
- 必要な書類・資料
- 審査の方法・手順
審査基準は、具体的で明確なものでなければならず、申請者が予見可能な内容である必要がある。
(3)審査基準の公表義務
行政手続法第5条第3項は、「行政庁は、審査基準を定めたときは、これを公にしておかなければならない」と規定している。公表の方法については特に限定されていないが、一般的には以下の方法が用いられる:
- 官報への掲載
- インターネットでの公表
- 窓口での備置き
- パンフレット・リーフレットの配布
3.3 理由の提示
(1)理由提示の意義と根拠
行政手続法第8条第1項は、「行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない」と規定している。
理由提示の目的:
- 行政の透明性・公正性の確保
- 申請者の不服申立てに関する便宜の提供
- 行政庁の恣意的判断の防止
- 処分の適法性の担保
(2)理由提示の程度
理由の提示は、処分の根拠となった法的理由及び事実関係を具体的に示すものでなければならない。単に法令の条文を引用するだけでは不十分であり、当該事案に即した具体的な理由が必要である。
最高裁判所は、理由提示について「処分の根拠法令の条項及び同条項に該当するとした具体的事実を明示する必要がある」との判断を示している。
(3)理由提示の例外
以下の場合は理由の提示を要しない(第8条第2項各号):
- 法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準に適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかである場合
- 法令に定められた許認可等の要件のうち行政庁が定めるものを公にした場合において、申請者がその要件に適合していないことがその要件に照らして明らかである場合
第4章 不利益処分の手続
4.1 不利益処分の事前手続の原則
不利益処分は、国民に対して不利益を課すものであるため、適正手続の要請がより強く求められる。行政手続法は、不利益処分について、事前の聴聞又は弁明の機会の付与を原則として義務付けている。
不利益処分の手続の流れ:
- 処分の原因となる事実の調査・確認
- 聴聞又は弁明の機会の付与の決定
- 聴聞の通知又は弁明書提出の通知
- 聴聞の実施又は弁明書の提出
- 処分の決定
- 理由の提示
4.2 聴聞
(1)聴聞を要する場合
行政手続法第13条第1項各号は、以下の不利益処分について聴聞の実施を義務付けている:
①許認可等を取り消す不利益処分 営業許可の取消し、運転免許の取消しなど、既に付与された権利や地位を剥奪する処分
②資格又は地位を直接に剥奪する不利益処分 公務員の懲戒免職、医師免許の取消しなど
③名あて人の資格又は地位に基づく固有の権利を消滅させる不利益処分 会員権の剥奪、組合員資格の剥奪など
④行政庁が審査請求又は異議申立てについて裁決又は決定をする場合における当該不利益処分 不服申立ての裁決において行われる不利益処分
(2)聴聞の通知
行政庁は、聴聞を行うときは、聴聞を行うべき期日までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、以下の事項を書面により通知しなければならない(第15条第1項):
- 予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
- 不利益処分の原因となる事実
- 聴聞の期日及び場所
- 聴聞に関する事務を所掌する組織の名称及び所在地
(3)聴聞の手続
①代理人 当事者は、代理人を選任することができる(第16条第1項)。
②参加人 利害関係人で当事者以外の者は、行政庁の許可を得て聴聞に参加することができる(第17条第1項)。
③文書等の閲覧 当事者及び参加人は、聴聞の通知があった時から聴聞が終結する時まで、行政庁に対し、当該事案に係る調書その他の物件の閲覧を求めることができる(第18条第1項)。
④聴聞の主宰 聴聞は、行政庁が指名する職員その他政令で定める者が主宰する(第19条第1項)。主宰者は、当該事案に係る調査に直接関与した者であってはならない(第19条第2項)。
⑤聴聞の進行 聴聞においては、主宰者が、不利益処分の原因となる事実並びに予定される不利益処分の内容及び根拠法令を説明した後、当事者及び参加人に意見を述べる機会を与える(第20条第1項)。
(4)聴聞調書と聴聞報告書
聴聞の主宰者は、聴聞の経過を記載した調書を作成し、当該調書において、不利益処分の原因となる事実に対する当事者及び参加人の陳述の要旨を明記しなければならない(第22条第1項)。
また、主宰者は、聴聞の終結後、遅滞なく、行政庁に対し、聴聞の結果を記載した報告書を提出しなければならない(第24条第1項)。
4.3 弁明の機会の付与
(1)弁明の機会の付与を要する場合
聴聞に該当しない不利益処分については、弁明の機会の付与が必要である(第13条第1項柱書)。これは聴聞よりも簡易な手続である。
(2)弁明の通知
行政庁は、弁明の機会を付与するときは、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、以下の事項を通知しなければならない(第29条):
- 予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
- 不利益処分の原因となる事実
- 弁明書の提出先及び提出期限
(3)弁明書の提出
名あて人は、弁明書を提出し、当該不利益処分の原因となる事実に対する反証や、情状を述べることができる(第30条)。
4.4 事前手続の例外
(1)聴聞及び弁明の機会の付与を要しない場合
以下の場合は、聴聞又は弁明の機会の付与を要しない(第13条第2項各号):
①公益上、緊急に不利益処分をする必要がある場合 食中毒事故による営業停止、危険建物の使用禁止など
②法令上必要とされている資格がなかったことが判明した場合等 無資格者に対する許可の取消しなど
③名あて人の所在が不明である場合
④その他政令で定める場合
(2)事後手続
上記の例外により事前手続を省略した場合、行政庁は、当該不利益処分後において、名あて人の求めがあったときは、弁明の機会を付与しなければならない(第13条第3項)。
4.5 不利益処分における理由の提示
(1)理由提示の義務
行政庁は、不利益処分をする場合は、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない(第14条第1項本文)。
(2)理由提示の例外
以下の場合は理由の提示を要しない(第14条第1項ただし書各号):
- 緊急に不利益処分をする必要がある場合において、当該不利益処分の性質上これと同時に理由を示すことが困難であるとき
- 理由の提示をしないことについて処分の名あて人の同意があるとき
- 法令の規定により聴聞が行われた場合
- 法令の規定により当該不利益処分に先立って弁明の機会が付与された場合
第5章 行政指導
5.1 行政指導の意義と特色
(1)行政指導の定義
行政手続法第2条第6号は、行政指導を「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう」と定義している。
行政指導の特色:
- 行政機関が行う行為であること
- 任務又は所掌事務の範囲内であること
- 行政目的の実現を図るものであること
- 特定の者に対する行為であること
- 一定の作為又は不作為を求めること
- 処分に該当しないこと(法的拘束力がないこと)
(2)行政指導の類型
①指導:より具体的・積極的な働きかけ ②勧告:望ましい行為を推奨すること ③助言:専門的知識・経験に基づく意見の提供 ④要請:協力を求めること ⑤警告:違反行為の是正を求めること
5.2 行政指導の一般原則
(1)行政指導の任意性
行政手続法第32条第1項は、「行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないものとし、かつ、行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない」と規定している。
行政指導の任意性の原則:
- 相手方に法的義務を課すものではないこと
- 相手方の協力は任意であること
- 強制的な手段を用いてはならないこと
(2)行政指導の適正性
行政指導は以下の要件を満たす必要がある:
- 任務又は所掌事務の範囲内であること
- 行政目的の実現に資するものであること
- 相当性があること
- 明確性があること
5.3 行政指導の方式
(1)申請に関連する行政指導
申請の取下げ又は内容変更を求める行政指導をする場合は、行政庁は、申請者に対し、以下の事項を示さなければならない(第33条):
- 当該申請の処理の見通し
- 申請が許可又は認可される見込みがない理由
これは、申請者の予見可能性を確保し、不当な申請取下げの強要を防止することを目的としている。
(2)許認可等の権限に関連する行政指導
許認可等をする権限又は当該権限に基づく処分をする権限を有する行政機関が、当該権限を行使することができない場合又は当該権限を行使する意思がない場合においてする行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、当該権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない(第34条)。
これは、行政指導の任意性を確保し、権限を背景とした事実上の強制を防止することを目的としている。
(3)行政指導の方式
行政指導を行う場合の方式について、行政手続法は特段の定めを置いていないが、実務上は以下のような方式が用いられる:
- 口頭による指導
- 文書による指導
- 会議・説明会での指導
- 個別訪問による指導
5.4 行政指導の中止等の求め
(1)中止等の求めの権利
行政手続法第36条の2は、法令に違反する行為の是正を求める行政指導について、規定している。相手方は、当該行政指導がその者の任意の協力の下に行われるものであることに照らし、これに従わないことにより不利益な取扱いを受けることはない旨が明確に示されていないと思料するとき、当該行政指導をする行政機関に対し、その旨を申し出て、当該行政指導の中止その他必要な措置をとることを求めることができる。
(2)申出に対する対応
前項の申出を受けた行政機関は、当該申出に理由があると認めるときは、当該行政指導の中止その他の必要な措置をとらなければならない(第36条の2第2項)。
これは、平成17年の行政手続法改正により新設された規定であり、行政指導の任意性をより実効的に担保することを目的としている。
第6章 届出
6.1 届出の意義と性質
(1)届出の定義
行政手続法第2条第7号は、届出を「法令に基づき、行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)をいう」と定義している。
届出の特色:
- 法令に基づく行為であること
- 行政庁に対する通知行為であること
- 申請に該当しないこと(利益を求める行為ではない)
- 報告的性質を有すること
(2)届出の類型
①創設的届出:届出により一定の法的地位を取得するもの ②報告的届出:既に生じた事実を報告するもの ③変更届出:既に届け出た事項の変更を通知するもの ④廃止届出:事業等の廃止を通知するもの
6.2 届出に関する手続
(1)届出書の補正
行政庁は、届出がその事務所に到達した後において、当該届出をした者に対し、届出書に記載すべき事項が記載されていない場合にあっては相当の期間を定めて当該事項を記載した書面の提出を求めることができ、届出書に法令の規定により添付すべき書類で添付されていないものがある場合にあっては相当の期間を定めて当該書類の提出を求めることができる(第37条第1項)。
(2)届出の効力
届出は、行政庁の受理により効力を生じる。ただし、形式的要件を満たさない場合は、補正が行われるまで効力を生じない。
届出の効力発生時期:
- 原則:行政庁への到達時
- 例外:法令に特別の定めがある場合
第7章 パブリックコメント(意見公募手続)
7.1 パブリックコメント制度の意義
(1)制度の目的
パブリックコメント制度は、行政機関が政策の決定過程において、広く国民から意見を募集し、それらの意見を考慮して最終的な政策を決定する制度である。行政手続法では「意見公募手続」として規定されている。
制度の目的:
- 国民参加による行政の民主化
- 行政の透明性の向上
- 多様な意見の政策への反映
- 行政に対する国民の理解の促進
(2)対象となる命令等
意見公募手続の対象となる命令等は、以下の要件を満たすものである(第39条第1項):
- 法律に基づく命令(告示を含む。)又は規則
- 審査基準
- 処分基準
- 行政指導指針
ただし、以下のものは適用除外とされる(第39条第4項各号):
- 他の法律又はこれに基づく命令に意見公募手続に相当する手続が定められているもの
- 緊急に制定等をする必要があるため意見公募手続を実施することが困難なもの
- 軽微な変更のみを内容とするもの
- その他政令で定めるもの
7.2 意見公募手続の流れ
(1)意見募集の公示
行政庁は、意見公募手続を実施しようとするときは、次に掲げる事項を公示しなければならない(第39条第2項):
- 命令等の案の題名
- 命令等の案
- 命令等の案の根拠となる法令の条項
- 意見の提出先及び意見の提出のための期間(以下「意見提出期間」という。)
- その他意見の提出に必要な事項
公示の方法については、インターネットの利用その他の適切な方法により行うものとされている(第39条第3項)。実際には、各省庁のウェブサイトや電子政府の総合窓口(e-Gov)等を通じて公示される。
(2)意見提出期間
意見提出期間は、原則として30日以上でなければならない(第39条第5項)。ただし、緊急を要する場合等、やむを得ない理由がある場合はこの限りでない。
(3)意見の提出
国民は、意見提出期間内に、行政庁に対して意見を提出することができる。意見の提出方法については、郵送、ファクシミリ、電子メール等、多様な手段が認められている。
(4)意見の考慮義務
行政庁は、意見公募手続を実施して命令等を定めようとする場合には、当該意見公募手続において提出された意見を十分考慮しなければならない(第42条)。
(5)結果の公表
行政庁は、意見公募手続を実施して命令等を定めた場合には、当該命令等の公布と同時期に、次に掲げる事項の公示をしなければならない(第43条第1項):
- 命令等の題名及び公布年月日
- 意見公募手続の実施結果(提出意見の概要、提出意見を考慮した結果及びその理由)
7.3 パブリックコメントの例外と特則
(1)緊急時の例外
公益上緊急に命令等を定める必要がある場合で、意見公募手続を実施することにより当該命令等の制定が遅延することによって重大な支障を生ずるおそれがあるときは、意見公募手続を実施しないことができる(第39条第4項第2号)。
この場合であっても、可能な限り事後に意見を聴取する等の措置を講ずることが望ましいとされている。
(2)再意見募集
行政庁は、意見公募手続において提出された意見を踏まえ、当初の命令等の案を実質的に変更する場合には、再度意見公募手続を実施することが適切とされている。
第8章 情報の公表・公開
8.1 行政手続における情報公開の意義
行政手続の透明性を確保するため、行政手続法は様々な場面での情報の公表・公開を義務付けている。これらの規定は、情報公開法とも密接に関連している。
(1)審査基準等の公表
前述のとおり、行政庁は以下の基準等を定めたときは、これを公表しなければならない:
- 審査基準(第5条第3項)
- 処分基準(第12条第2項)
- 行政指導指針(第36条第2項)
(2)標準処理期間の公表
行政庁は、標準処理期間を定めたときは、これを公にしておくよう努めなければならない(第6条)。
8.2 個人情報の保護
行政手続における個人情報の取扱いについては、個人情報保護法の規定が適用される。特に以下の点に注意が必要である:
(1)収集制限の原則
行政機関は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的を特定し、当該利用の目的の達成に必要な範囲内で個人情報を取り扱わなければならない。
(2)利用・提供の制限
行政機関は、法令に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は他者に提供してはならない。
(3)開示・訂正等の権利
本人は、行政機関に対し、自己に関する保有個人情報の開示、訂正、利用停止等を求めることができる。
第9章 行政手続における電子化
9.1 デジタル行政の推進
近年、行政手続の電子化・デジタル化が急速に進展している。これは行政の効率化と国民の利便性向上を図るものである。
(1)法的基盤
- デジタル手続法(情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律)
- 電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)
- 番号法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)
(2)オンライン申請の推進
政府は「デジタル・ガバメント実行計画」に基づき、行政手続のオンライン化を推進している。主な取組み:
- マイナポータルを通じたワンストップサービス
- 法人設立ワンストップサービス
- 電子申請・届出システム(e-Gov)の活用
- 行政手続コスト削減プログラム
9.2 電子申請における留意点
(1)電子署名と本人確認
電子申請においては、本人確認の手段として電子署名が重要な役割を果たす。電子署名法第3条は、電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名が行われているときは、当該情報が本人の意思に基づいて作成されたものと推定する旨を定めている。
(2)セキュリティの確保
電子申請においては、以下のセキュリティ対策が不可欠である:
- 通信の暗号化
- アクセス制御
- システムの可用性確保
- 個人情報保護対策
第10章 行政手続の実務上の論点
10.1 行政手続法と他の法律との関係
(1)個別法との関係
行政手続法は一般法としての性格を有するため、個別法に特別の定めがある場合は、個別法が優先して適用される(特別法優先の原則)。
例:
- 税務手続:国税通則法
- 建築確認手続:建築基準法
- 環境影響評価手続:環境影響評価法
(2)憲法との関係
行政手続法の各規定は、憲法の適正手続条項(第31条)や法の下の平等(第14条)等の要請を具体化したものと理解される。
10.2 行政手続法の課題と展望
(1)現行制度の課題
①適用範囲の限界
- 地方公共団体への直接適用がない
- 一定の処分・機関が適用除外とされている
②手続の実効性
- 聴聞・弁明手続の形骸化の懸念
- 理由提示の程度・内容の不明確性
③デジタル化への対応
- 電子的な手続への対応の遅れ
- システム間の連携不足
(2)制度改善の方向性
①適用範囲の拡大 地方公共団体における行政手続条例の充実や、適用除外範囲の見直しが検討課題となっている。
②手続の実質化 形式的な手続にとどまらず、実質的な権利保障を図る方策が求められている。
③デジタル化の推進 AI・ビッグデータを活用した行政手続の高度化や、ユーザビリティの向上が課題である。
第11章 行政手続と行政救済制度
11.1 行政手続と事前救済
行政手続は、適正な行政活動を事前に確保する「事前救済」としての機能を有している。これに対し、行政不服審査や行政事件訴訟は「事後救済」の制度である。
(1)事前救済の意義
事前救済の利点:
- 権利侵害の未然防止
- 行政と国民との信頼関係の構築
- 紛争の予防・解決コストの削減
- 行政の適正化・効率化
(2)事前救済と事後救済の関係
事前救済と事後救済は相互補完的な関係にある。適正な事前手続を経た処分であっても、なお違法・不当な場合には事後救済制度による是正が必要である。
11.2 行政手続法違反の法的効果
(1)処分の瑕疵との関係
行政手続法の規定に違反した処分の効力については、以下のような考え方がある:
①重大な手続違反の場合 聴聞・弁明の機会付与を全く行わずになされた不利益処分等は、無効又は取消事由となる可能性が高い。
②軽微な手続違反の場合 手続の一部に瑕疵があっても、実体的判断に影響がない場合は、処分の効力に影響しない場合もある。
(2)判例の動向
最高裁判所は、行政手続法違反について、個別の事案における手続違反の程度と処分の内容を総合的に判断して、処分の効力を判断している。
第12章 諸外国の行政手続制度との比較
12.1 アメリカの行政手続法
(1)連邦行政手続法(APA)の概要
アメリカの連邦行政手続法(Administrative Procedure Act, 1946年制定)は、日本の行政手続法の先駆的モデルの一つである。
主な特色:
- ルール制定手続(Rule Making)と裁決手続(Adjudication)の区分
- インフォーマル・ルール制定におけるnotice-and-comment手続
- フォーマル・ルール制定における聴聞手続
- 行政法判事(Administrative Law Judge)制度
(2)日本法への影響
日本の行政手続法は、アメリカ法の影響を受けつつも、以下の点で独自の特色を有している:
- 行政指導に関する規定の存在
- 届出手続に関する規定
- 日本的な行政運営の実情への配慮
12.2 ドイツの行政手続法
(1)連邦行政手続法の特色
ドイツの連邦行政手続法(Verwaltungsverfahrensgesetz)は、以下の特色を有している:
- 行政行為の概念の明確化
- 聴聞権(Anhörungsrecht)の保障
- 瑕疵の治癒(Heilung)に関する規定
- 行政裁量の統制
(2)日本法との相違点
- 行政行為の類型論の発達
- より詳細な手続規定
- 瑕疵の治癒に関する明文規定
第13章 地方公共団体の行政手続
13.1 行政手続条例の意義
行政手続法第46条は、地方公共団体に対し「この法律の趣旨にのっとり、行政手続に関し必要な措置を講ずるよう努めなければならない」と規定している。これを受けて、多くの地方公共団体が行政手続条例を制定している。
(1)行政手続条例の必要性
- 地方自治の観点から独自の手続規定が必要
- 地域の実情に応じた手続の整備
- 住民の権利保障の充実
(2)条例制定の状況
現在、都道府県及び政令指定都市のほぼ全てが行政手続条例を制定している。市町村についても制定が進んでいる。
13.2 行政手続条例の内容
(1)基本的構成
多くの行政手続条例は、国の行政手続法を基本として、以下のような構成をとっている:
- 目的・定義規定
- 申請に対する処分
- 不利益処分
- 行政指導
- 届出
- パブリックコメント
(2)独自の工夫
地方公共団体によっては、以下のような独自の規定を設けている場合がある:
- より詳細な理由提示の規定
- 行政手続委員会の設置
- 住民参加手続の充実
- 情報提供に関する規定
13.3 国と地方の行政手続の調整
国と地方公共団体の行政手続については、以下のような調整が必要である:
(1)法定受託事務
法定受託事務については、国の法令により手続が定められている場合が多く、条例による上乗せ・横出し規制には限界がある。
(2)自治事務
自治事務については、地方公共団体の裁量により、独自の手続規定を設けることが可能である。
第14章 行政手続の将来展望
14.1 Society 5.0時代の行政手続
(1)デジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進
政府は「デジタル・ガバメント実行計画」に基づき、行政のデジタル化を推進している。主な施策:
- 行政手続のデジタル・バイ・デフォルト原則
- API連携による行政システム間の連携強化
- マイナンバーカードを活用した本人確認の高度化
- RPA(Robotic Process Automation)による業務自動化
(2)AI・ビッグデータの活用
- AIを活用した申請書類の自動チェック
- 過去のデータを活用した審査の効率化
- 予測型行政サービスの実現
- チャットボットによる相談対応の自動化
14.2 国際的な動向への対応
(1)OECD勧告への対応
OECDは「規制政策・ガバナンス勧告」において、各国に対し以下の事項を求めている:
- 規制影響分析(RIA)の実施
- ステークホルダーとの協議の充実
- 規制の事後評価の実施
- 規制の質の向上
(2)国際標準への適合
国際取引の活発化に伴い、行政手続についても国際標準への適合が求められている:
- ISO等の国際規格への対応
- 諸外国との相互承認の推進
- 多言語対応の充実
14.3 行政手続法の今後の課題
(1)制度的課題
①適用範囲の見直し
- 適用除外規定の縮小
- 地方公共団体への適用拡大の検討
- 独立行政法人等への適用の検討
②手続の実効性向上
- 聴聞・弁明手続の実質化
- 理由提示の充実
- 手続違反に対する救済制度の整備
③新たな行政手法への対応
- 行政契約に関する手続規定の整備
- 協働・パートナーシップ型行政への対応
- ネットワーク型行政における手続の調整
(2)運用上の課題
①職員の能力向上
- 行政手続に関する研修の充実
- 法解釈・運用能力の向上
- 国民対応能力の向上
②国民の理解促進
- 行政手続に関する情報提供の充実
- 手続の簡素化・標準化
- 国民目線での手続設計
まとめ
行政手続法は、行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的として制定された重要な法律である。同法は、申請に対する処分、不利益処分、行政指導、届出、パブリックコメントという行政活動の主要な場面について、統一的な手続ルールを定めている。
行政手続の基本構造を理解する上で重要なポイントは以下のとおりである:
1. 適正手続の保障 行政手続法は、憲法第31条の適正手続の要請を具体化し、行政活動のあらゆる段階において適正な手続の実施を求めている。
2. 透明性・公正性の確保 審査基準の設定・公表、理由提示、パブリックコメント等により、行政の透明性・公正性を確保している。
3. 国民参加の保障 聴聞・弁明の機会の付与、パブリックコメント等により、行政過程への国民参加を保障している。
4. 行政の効率性との調和 適正手続を求めつつも、行政の効率性にも配慮した制度設計となっている。
5. 時代の変化への対応 デジタル化の進展等、社会情勢の変化に対応して制度の見直しが進められている。
特定行政書士試験においては、これらの基本的理解に加えて、各手続の具体的要件、例外規定、他の法制度との関係等についても詳細に理解することが求められる。また、実務における運用上の問題点や判例の動向についても注意を払う必要がある。
行政手続法の理解は、行政法全体の理解の基礎となるものである。同法の趣旨・目的を踏まえつつ、各条文の内容を正確に把握し、具体的事例への適用能力を身につけることが、特定行政書士としての実務能力向上につながる。
今後の学習においては、本章で学んだ基本的な枠組みを基礎として、より具体的な手続の詳細や、行政不服審査法・行政事件訴訟法等の関連法制度との関係について理解を深めていくことが重要である。