コラム
離婚の話し合いを進める前に確認しておきたい実務的チェックポイント
日本で離婚を進める場合、多くはまず当事者同士の話し合い(協議)から始まります。協議を進めるにあたっては、主な論点や関係する資料をあらかじめ整理しておくと、事実関係を確認しやすくなります。本記事では、日本の離婚制度において一般的に問題となりやすい項目を中心に、協議の前に確認しておきたい実務的なポイントをまとめました。なお、ここに挙げる内容は法律上必ず行わなければならない手順ではなく、検討の参考情報です。
目次
- 離婚の話し合いを始める前に確認しておきたい3つの論点
- 相手と共有しておきたい主なテーマ
- 話し合いに役立つ基本資料
- 自分の希望・優先順位を整理する
- 協議の進め方を考えるうえでの基本的な心構え
- 感情面で注意したいポイント
- 事実に基づいて確認・判断する姿勢
- 協議がこじれやすい場面への備えとしてできる3つの工夫
- 話し合いの時間・場所・進め方を決めておく
- 話し合いの内容を記録しておく
- 意見が対立した場面で使える「言い方」の工夫例
- 合意に向けた基本的な進め方の3ステップ
- 双方の主張を整理し、共通点と相違点を確認する
- 争点の優先順位をつけて検討する
- 合意した内容を文書にして残す
- 当事者だけでの話し合いが難しいと感じたときに検討できる選択肢
- 第三者に同席してもらう場合の一般的な特徴
- 家庭裁判所の調停を利用する場合の概要
- 協議に向き合うための日常的なセルフケアの例
- ストレスを軽減するために意識したい生活習慣
- 気持ちや考えを整理するためのメモの活用例
離婚の話し合いを始める前に確認しておきたい3つの論点
この章では、協議を始める前に多くの方が確認しておくとよいとされる、次の3つの論点を取り上げます。
- 相手と共有しておきたい主なテーマ
- 話し合いに役立つ基本資料
- 自分の希望・優先順位の整理
日本では、話し合いによる離婚(協議離婚)が多数を占めています。協議離婚では、未成年の子がいる場合、親権者を定めることが法律上必要とされています〔民法第819条〕。また、財産分与〔民法第768条〕、養育費、面会交流など、後日の紛争になりやすい事項についても、協議の対象とするかどうかを含めて、前もって検討しておくことが実務上重要です。
相手と共有しておきたい主なテーマ(財産・親権・生活費など)
離婚に関する話し合いでは、主に次のようなテーマが取り上げられることが多いです。
- 離婚をするかどうか
- 未成年の子どもがいる場合の親権者(必ず定める必要があります〔民法第819条〕)
- 子どもの養育費(支払う側・受け取る側・金額・支払期間・支払方法など)
- 面会交流(子どもと同居していない親と子どもが会うルール)
- 財産分与(婚姻中に築いた財産をどのように分けるか〔民法第768条〕)
- 住居(現在の住まいをどうするか・退去の時期など)
- 慰謝料を請求するかどうか(請求の可否は事情により異なります)
- 年金分割の希望があるかどうか(合意による分割等〔厚生年金保険法等〕)
これらのうち、どのテーマを話し合うのか、どこまで具体的に決めるのかは、夫婦の事情によって異なります。「何について話し合いたいか」をあらかじめ書き出し、相手にも共有しておくと、協議の抜け漏れや「その話は聞いていない」というすれ違いをある程度防ぎやすくなります。
話し合いに役立つ基本資料をそろえる(財産一覧・収支・子どもの情報など)
協議の内容によっては、次のような資料を用意しておくと、事実関係を確認しやすくなります。
- 預貯金の口座残高が分かる資料
- 生命保険・学資保険などの契約内容が分かる資料
- 不動産に関する登記事項証明書や固定資産税の納税通知書など
- ローン・借入金の残高が分かる資料
- 世帯の収入・支出の状況が分かる家計簿や給与明細、源泉徴収票など
- 子どもの学校・保育園などに関する情報や健康状態の概要が分かる資料
これらは法律上必ずそろえなければならないものではありませんが、財産分与や養育費などを検討する際、判断の前提となる事実を整理する助けになります。正確な資料に基づいて確認することで、「記憶違い」による食い違いを減らせる可能性があります。
自分の希望・優先順位を整理する
協議に入る前に、自分として「何を優先したいのか」「どの点は譲ることも検討できるのか」を整理しておくと、話し合いの際に迷いが少なくなる場合があります。
例えば、
- 子どもの生活環境をどのように維持したいか
- 将来の生活費についてどの程度不安があるか
- 住居をどうしたいか(そのまま住み続けたいか、退去してもよいか)
- 財産分与について、特に重視したい項目は何か
といった観点からメモを書き出しておくことが一案です。もっとも、協議の過程で考えが変わることもあり得るため、「一度決めた考えを絶対に変えてはいけない」という意味ではありません。
協議の進め方を考えるうえでの基本的な心構え
この章では、協議を進める際に多くの方が負担を感じやすい「感情面」と「事実確認」の2点に着目します。
- 感情面で注意したいポイント
- 事実に基づいて確認・判断する姿勢
法律上、協議の際の心構えが定められているわけではありませんが、話し合いの場でのトラブルを避けるため、感情の高ぶりや思い込みに注意することは実務上重要です。
感情面で注意したいポイント
離婚に関する話し合いでは、過去の出来事を思い出したり、言われたくないことを指摘されたりして、強い感情が生じる方も少なくありません。気持ちが強く揺れている状態だと、伝えたいことが整理しにくい、相手の話が入ってこないといったことが起こり得ます。
話し合いの前に、自分がどのような場面で動揺しやすいかを振り返っておくと、「休憩をとる」「一度その場では結論を出さず持ち帰る」など、自分なりの対処方法を考えやすくなります。こうした工夫は法的な要件ではありませんが、冷静に協議を進めるうえで役立つ場合があります。
事実に基づいて確認・判断する姿勢
協議がこじれる一因として、「相手はこう思っているはずだ」といった推測に基づいて受け止めてしまうことがあります。できる限り、確認可能な事実や資料に基づいて話を進めることで、誤解を減らせる場合があります。
例えば、「怒っているに違いない」と決めつけるのではなく、「声が大きくなっている」「表情が硬くなっている」といった観察できる事実を区別して受け止めると、感情的な受け取り方を少し和らげられることがあります。もっとも、相手の言動に不安や恐怖を感じる場合には、無理に2人だけで話し合いを続けず、第三者や専門家への相談を検討することも重要です。
協議がこじれやすい場面への備えとしてできる3つの工夫
この章では、協議が長引いたり、不要な対立が生じたりすることを防ぐための工夫として、次の3点を取り上げます。
- 話し合いの時間・場所・進め方を決めておく
- 話し合いの内容を記録しておく
- 意見が対立した場面で使える「言い方」の工夫例
いずれも法律上の義務ではありませんが、協議を現実的に進めるうえで役立つ場合があります。
話し合いの時間・場所・進め方を決めておく
「いつ・どこで・どのような進め方で話し合うか」があいまいだと、協議がだらだらと続いたり、感情的な衝突が起きやすくなったりする可能性があります。例えば、次のような点について、事前に合意しておくことが考えられます。
- 1回の話し合いの時間の目安(例:1時間程度)
- 1回の話し合いで扱うテーマの数(例:テーマを絞る)
- 子どもの前では離婚に関する具体的な話をしないかどうか
- 自宅以外の、落ち着いて話せる場所を利用するかどうか
公共の施設や公的な相談窓口など、中立的な場を選ぶ方もいます。ただし、相手から暴力や脅しを受けるおそれがある場合は、2人きりで会わないなど、安全面を最優先に考えてください。
話し合いの内容を記録しておく
協議でどのような話をしたか、どこまで合意したかをメモやパソコンで記録しておくと、後から振り返ることができます。これにより、「言った・言わない」というトラブルを一定程度減らせる可能性があります。
記録の方法に決まりはありませんが、例えば
- 日付ごとに、話し合ったテーマと結論(保留事項を含む)を書き留める
- 後日合意書を作成する前提で、確認事項を整理しておく
といった形でまとめておくと、合意内容を文書化する際の基礎資料にもなります。
意見が対立した場面で使える「言い方」の工夫例
相手の意見に賛成できない場合でも、表現の仕方によっては不必要な対立を避けやすくなります。例えば、次のような言い回しが挙げられます。
- 「一度持ち帰って考えたいので、少し時間をください」
- 「今いただいた説明について、確認したい点があります」
- 「この点については、別の案も検討してもらえますか」
これらはあくまで一例であり、必ず使う必要はありませんが、「すぐに結論を出さない」「相手の話をいったん受け止めてから自分の考えを述べる」といった姿勢を表現する際の参考になります。
合意に向けた基本的な進め方の3ステップ
この章では、合意形成の流れを整理するために、次の3つのステップに分けて説明します。
- 双方の主張を整理し、共通点と相違点を確認する
- 争点の優先順位をつけて検討する
- 合意した内容を文書にして残す
いずれも法律で定められた形式ではありませんが、協議を段階的に進める際の考え方として役立つ場合があります。
双方の主張を整理し、共通点と相違点を確認する
まずは、双方がどう考えているかを一覧にして把握することが考えられます。例えば、
- 養育費について:支払う意思があるか、金額のイメージはどの程度か
- 親権について:どちらが親権者になることを希望しているか
- 財産分与について:どの財産をどのように分けたいと考えているか
といった項目ごとに、夫側・妻側の希望を書き出し、どこが一致しているか、どこが対立しているかを確認します。共通点が多いテーマから協議を進めることで、話し合いを整理しやすくなる場合があります。
争点の優先順位をつけて検討する
すべての論点を一度に解決しようとすると、負担が大きくなります。
- まず早めに決める必要がある事項(例:別居の開始時期や当面の生活費の負担など)
- 多少時間をかけて検討してもよい事項
といった形で優先順位を整理し、合意に至りやすい部分から順に決めていく方法もあります。小さな合意であっても、積み重ねることで協議全体の見通しが立ちやすくなることがあります。
合意した内容を文書にして残す
協議で合意した内容は、後日の誤解を防ぐため、可能な限り文書にして残すことが重要です。離婚届には、親権者を記載する欄はありますが、養育費や面会交流、財産分与、慰謝料などの詳細な取り決めを記載する欄はありません。そのため、
- 離婚協議書(私文書)
- 公正証書(当事者が公証人の面前で契約内容を述べ、公証人が公文書として作成するもの)
などの形で内容をまとめることが多いです。特に金銭の支払いをめぐる紛争を防ぐためには、「強制執行認諾文言付き公正証書」の利用が検討されることもあります。どの形式が適切かは、個々の事情によって異なるため、迷う場合は弁護士や公証役場などに相談してください。
当事者だけでの話し合いが難しいと感じたときに検討できる選択肢
この章では、当事者だけでは協議を進めることが難しいと感じた場合に検討できる選択肢として、次の2点を取り上げます。
- 第三者に同席してもらう場合の一般的な特徴
- 家庭裁判所の調停を利用する場合の概要
暴力や強い威圧がある場合、相手の前で話すこと自体が危険・困難な状況もあります。そのような場合には、早期に専門機関や警察、弁護士への相談を検討してください。
第三者に同席してもらう場合の一般的な特徴
第三者(家族・知人・専門家など)が話し合いに同席することで、当事者同士だけでは冷静に話し合いにくい場面でも、一定の抑止力が働く場合があります。
主な選択肢としては、
- 家族や友人・知人などに同席してもらう
- 弁護士に依頼し、代理人として交渉してもらう/同席して助言を受ける
といった方法が挙げられます。家族や知人に同席してもらう場合、一方の味方と受け取られ、かえって話し合いがこじれるおそれもあります。弁護士に依頼する場合は、費用が発生する一方で、法的な観点から助言や交渉を受けられるという利点があります。
家庭裁判所の調停を利用する場合の概要
協議離婚に向けた話し合いがどうしてもまとまらない場合、日本では家庭裁判所の「夫婦関係調整調停(離婚)」を利用することができます。調停は、家庭裁判所の調停委員会(調停委員2名以上と裁判官)が当事者の間に入り、双方の意見を聴きながら合意点を探る手続です〔家事事件手続法等〕。
調停を申し立てる際には、戸籍謄本のほか、事情に応じて収入を示す資料や、子どもに関する情報などの提出が求められることがあります。具体的な必要書類や手続きの流れは、家庭裁判所の公式ウェブサイトや窓口で確認できます。調停でも合意に至らない場合には、離婚訴訟に進む可能性もあります。
協議に向き合うための日常的なセルフケアの例
この章では、離婚の協議という負担の大きい局面に向き合うために、日常生活の中で意識しておくとよいとされるセルフケアの例を紹介します。
- ストレスを軽減するために意識したい生活習慣
- 気持ちや考えを整理するためのメモの活用例
いずれも法律上の要件ではありませんが、心身の状態を整えることで、協議に冷静に向き合いやすくなる可能性があります。
ストレスを軽減するために意識したい生活習慣(睡眠・運動・情報との付き合い方など)
睡眠不足や疲労が蓄積していると、判断力や集中力が低下し、協議の場で感情的になりやすくなることがあります。
- できる範囲で十分な睡眠時間を確保する
- 無理のない範囲での軽い運動やストレッチを取り入れる
- 不安を煽るような情報に長時間触れ続けないようにする
など、自分に合った方法で心身の負担を軽くしておくことが、結果的に協議の質にも影響します。体調や心の状態に不安がある場合は、医療機関や相談窓口を利用することも検討してください。
気持ちや考えを整理するためのメモの活用例
話し合いの前に、
- 協議で何を伝えたいのか
- どの点について特に不安や心配があるのか
- 過去のどのような出来事が今の気持ちに影響していると感じるか
といった内容をメモに書き出しておくと、頭の中を整理しやすくなることがあります。短時間でもよいので、紙のノートやスマートフォンのメモアプリなど、自分が続けやすい方法を選ぶとよいでしょう。
メモはそのまま相手に見せる必要はなく、自分の考えを整理するための道具として活用できます。必要に応じて、相談先の専門家と共有することで、自分では言葉にしづらい思いや事情を伝える助けにもなります。
まとめ
日本では、多くの離婚が当事者同士の話し合い(協議)から始まります。協議を進めるにあたっては、
- 親権、養育費、面会交流、財産分与、住居など、主なテーマを把握しておくこと
- 必要に応じて、財産や収入、子どもの状況に関する資料を整理しておくこと
- 自分の希望や優先順位を整理し、事実に基づいて話し合う姿勢を意識すること
- 話し合いの時間・場所・進め方、記録の方法など、現実的なルールを整えること
- 合意した内容を文書に残し、必要に応じて公正証書の利用や専門家への相談を検討すること
などが、後日のトラブルを防ぐうえで重要です。
当事者だけでの話し合いが難しい場合には、第三者の同席や、家庭裁判所の調停など、公的な制度の利用も選択肢として用意されています。自分一人で抱え込まず、必要に応じて専門家や公的相談窓口に早めに相談することを検討してください。
本記事は、日本の離婚制度に関する一般的な情報および家庭裁判所・公証制度等の概要を分かりやすく紹介したものであり、個別の事案についての法的助言ではありません。具体的な事情によって適切な対応や法的評価は大きく異なります。離婚や財産分与、親権・養育費などに関する具体的な判断が必要な場合は、弁護士、法テラス、家庭裁判所の相談窓口、公証役場などの専門機関に相談してください。