コラム
成年後見人は本人名義の通帳を使い続けてよいか――家裁実務における「分別管理」の判断基準
成年後見制度において、本人財産を守るための「分別管理」は基本原則である。もっとも、本人名義の通帳を使い続ける運用が一律に否定されるわけではない。家庭裁判所は名義の形式よりも実際の管理状況を重視する。本稿では、民法858条から860条までの規定および家裁実務の傾向を踏まえ、通帳管理の可否判断と運用上の要点を整理する。
目次
- 本人名義の通帳を使い続けるときに生じる3つの論点
- 家裁が重視する「分別管理」の実務ポイント3選
- 本人名義通帳の使用が許容されるケースと変更が必要なケース
- 通帳を切り替える際の3ステップと注意点
- トラブルを防ぐための実務チェックリスト
- まとめ――通帳管理の判断を誤らないために
1. 本人名義の通帳を使い続けるときに生じる3つの論点
本章では以下の3点について論じる。
- なぜ本人名義通帳が問題視されるのか
- 家裁が注目する分別管理の基本
- 通帳管理を誤った場合のリスク
本人名義通帳の継続使用は一見自然に思えるが、成年後見人が管理主体となる以上、資金の出入りを第三者に説明できることが不可欠である。後見人や家族の資金と混在すれば、家裁から改善指導の対象となる。本章では、問題視される理由と判断の枠組みを明確化する。
1-1. なぜ「本人名義通帳」が問題視されるのか――透明性と説明責任
本人名義口座は、外形上「誰の意思で動いた資金か」が見えにくい。後見人が操作していても、記録が不十分であれば本人の自発的取引と区別できない。家族や施設職員が関与すると、支出根拠が途切れがちである。
対策は明快である。入出金の目的・金額・相手先を帳簿に残し、領収書や明細で裏付ける。誰が、何のために、いくら支出したかを示せれば、本人名義であっても透明性は確保できる。
1-2. 家裁が注目する「財産の分別管理」とは
分別管理とは、本人の財産と後見人または家族の財産を混同しないことである。民法上の他人財産管理義務に関する考え方(信託的性質を含む)に基づき、後見人は本人財産を独立して扱う。
家裁は名義ではなく、実質的に分別され説明可能かを確認する。本人名義でも記録が明瞭であれば問題は生じない。一方、立替と私的支出が混在していると「管理不十分」と評価され、是正を求められる。
1-3. 通帳管理を誤るとどうなるか――報告・指摘・変更命令などのリスク
管理が粗雑な場合、家裁や後見監督人から質問・改善指導・管理方法の変更命令を受けることがある。重大な場合は後見人交代の判断もあり得る。
リスクの芽は早期に摘む必要がある。帳簿・領収書・通帳の整合を保ち、疑義が生じた取引は注記で補足する。説明できる状態を日常的に維持する発想が安全である。
2. 家裁が重視する「分別管理」の実務ポイント3選
本章では以下の3点について論じる。
- 通帳を分けるべき範囲(本人・後見人・家族口座)
- 立替払いや生活費出金の記録方法
- 本人の生活実態と家裁の判断傾向(例:介護施設入所中など)
家裁は「通帳の数」ではなく「説明可能性」を見る。本人の生活実態に即し、最小限で分かりやすい管理体系を設計すべきである。過剰な口座分散は、かえって把握を難しくする。
2-1. 通帳を分けるべき範囲(本人・後見人・家族口座)
原則は明快である。本人口座には本人の資金のみを管理する。後見人や家族の資金は別に管理する。
立替を行う場合は、立替専用の記録を作成し、後日本人口座から精算する。家族が支出した生活費も、後見人経由で清算フローを定めると混同を防げる。簡易な資金フローチャートを作成し、関係者と共有すると運用が安定する。
2-2. 立替払いや生活費出金の記録方法
誤解を防ぐ核心は「根拠の一体管理」である。
- 領収書:支出の根拠を原本で保存
- 帳簿:日付・金額・目的・相手先を記載
- 精算:立替時は明細を添付し、返金処理を通帳履歴で確認
小口現金は用途を限定し、定期補充と月次照合を行うと後見報告で支障が生じない。不明瞭な支出はその場でメモを残すだけでも、後の説明が容易になる。
2-3. 本人の生活実態と家裁の判断傾向(例:介護施設入所中など)
施設入所で現金支出が少ない場合、口座を増やす必要性は低い。自宅同居で家計と混在しやすい場合は、別口座やプリペイド管理など分別度の高い方法を求められがちである。
いずれも「本人の支出実態」と「説明に要する手間」のバランスで最適解が変わる。運用を固定化せず、生活の変化に合わせて見直す姿勢が評価される。
3. 本人名義通帳の使用が許容されるケースと変更が必要なケース
本章では以下の3点について論じる。
- 本人名義のままで問題ないケース(収支が明確で後見人関与が限定的)
- 変更を求められるケース(後見人の資金混在・支出管理が不明瞭な場合)
- 家裁からの指摘を受けたときの対応方法
「本人名義=違反」ではない。鍵は、収支の明瞭性と関与の限定性である。事実に即した記録があるかで結論が変わる。
3-1. 本人名義のままで問題ないケース(収支が明確で後見人関与が限定的)
年金受給口座から施設費が自動引落しされ、他の出金が少ない事例は典型である。通帳・請求書・領収書で収支が一直線に結びつくなら、本人名義の継続使用が許容される。
後見人は監視・記録の役割にとどめ、不要な入出金を増やさないことがポイントである。帳簿に補足説明を添えると、家裁の確認も円滑になる。
3-2. 変更を求められるケース(後見人の資金混在・支出管理が不明瞭な場合)
本人口座で後見人のカード代金を決済している、家計費と本人支出が混在している、現金引出しが多いのに領収書が乏しい――これらは典型的な改善指導の対象である。
是正策は一つである。口座を分け、支出プロセスを単純化し、帳簿・領収書・通帳の三点を一致させる。以後は立替精算の書式を固定し、再発を封じる。
3-3. 家裁からの指摘を受けたときの対応方法
まず現状を整理し、入出金の一覧・補足注記・改善計画をセットで提出する。
- 通帳と帳簿の差異を特定
- 新口座の開設や支払経路の切替計画を提示
- 監督人・中核機関と情報共有し、運用ルールを文書化
早期報告は信頼を高める。沈黙や先送りは不信を招くため、段階的であっても可視化していく。
4. 通帳を切り替える際の3ステップと注意点
本章では以下の3点について論じる。
- 家裁への相談・許可申立の要否確認
- 通帳切替の実務(金融機関・後見登記証明書の提示など)
- 本人・家族・支援機関への説明の仕方
通帳切替は管理方針の再設計でもある。名義のみを替える発想ではなく、支払経路や届出の連鎖も同時に調整する。
4-1. 家裁への相談・許可申立の要否確認
通帳切替自体に家裁許可は原則不要である。ただし、本人の意思が一部残る場合や家族の関与が強い場合、事前相談が安全である。
相談履歴は透明性の証拠になる。争点が想定されるなら、簡潔なメモで経緯を残し、後見報告で示せる形に整える。
4-2. 通帳切替の実務(金融機関・後見登記証明書の提示など)
金融機関では後見登記等の証明書と本人確認書類が求められる。窓口ごとに運用差があるため、事前に必要書類と手順を確認すべきである。残高移行は振替明細を保存し、通帳写しと一緒に保管する。
実務上の補足:年金や各種給付・口座振替の変更を忘れてはならない。公的年金の振込先、介護保険料・公共料金の口座、代理人届や支払先指定の変更が必要な場合がある。年金事務所・自治体・サービス事業者へ届出を行い、支給や決済の中断が起きないようスケジュールを組む。
4-3. 本人・家族・支援機関への説明の仕方
「名義変更=財産の剥奪」ではない。目的は透明性の確保と紛れの防止である。
説明時は、変更の必要性、支払経路の簡素化、家裁報告の円滑化を具体的に伝える。変更後の支出ルール(誰が、どの口座から、どの書類で)を文書で共有すると、現場が動きやすくなる。
5. トラブルを防ぐための実務チェックリスト
本章では以下の3点について論じる。
- 帳簿・領収書・通帳記録の3点管理
- 後見監督人・中核機関との情報共有
- 報告書作成時の注意点と「疑義を生まない書き方」
日々の予防が最大の防御である。仕組みを軽く保ち、手を動かしやすくすることが継続のコツになる。
5-1. 帳簿・領収書・通帳記録の3点管理
家裁が最も重視するのは整合性である。
- 帳簿:日付・金額・目的・相手先を簡潔に記載
- 領収書:原本を月別に保存、欠損は注記で補足
- 通帳:入出金に印を付し、該当帳簿番号を記入
月次で三点照合を行い、差異は理由付きで修正する。ここができていれば、報告書は短時間で整う。
5-2. 後見監督人・中核機関との情報共有
第三者の目は安全装置である。大口出金や運用変更の前後で、短い報告メールを残す。資料はテンプレートで統一し、誰が見ても同じ順序で追える形にする。共有の習慣化が、後の誤解を未然に防ぐ。
5-3. 報告書作成時の注意点と「疑義を生まない書き方」
通帳残高と帳簿残高が一致しているかをまず示す。不一致があれば、原因・時期・是正方法を一文で明記する。
支出の性質は「本人の利益」に紐付けて説明し、専門用語はかみ砕く。数字の一致だけでなく、合理的な説明がある報告書は信頼される。
6. まとめ――通帳管理の判断を誤らないために
本章では以下の2点について論じる。
- 本人名義でも「説明できる運用」を前提に
- 分別管理の考え方を後見活動全体に展開
6-1. 「本人名義でもよい」は例外ではなく、「説明できる運用」が基本
可否は名義では決まらない。収支が明確で混在がなく、第三者に説明できる状態なら継続使用が許容される。疑義が出る運用であれば、ためらわず切替と是正を行う。
6-2. 分別管理の考え方を後見活動全体に活かす
分別管理は通帳に限らない。契約、保管、支払経路、記録のすべてで同じ原理が働く。日常の小さな整合を積み上げるほど、家裁との信頼は安定する。
まとめ
- 本人名義通帳の継続可否は「実質の分別」と「説明可能性」で判断する
- 家裁は名義より運用の透明性を評価し、記録の整合を重視する
- 立替・小口現金は書式を固定し、帳簿・領収書・通帳の三点で裏付ける
- 切替時は金融機関手続に加え、年金・給付・口座振替の届出変更を忘れない
- 監督人・中核機関と簡潔に共有し、疑義が出たら早期に是正する
運用はシンプルに、記録は一体で。今日から「見られても困らない管理」に整えよう。
本稿は一般的な実務解説である。具体的な可否や手順は事案・裁判所・金融機関の運用により異なる。特に口座変更や年金・給付の届出については、弁護士等の専門家、年金事務所や自治体窓口に相談されたい。
