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行政法総論:行政の基本原則(法治主義、法律による行政の原理、法律の優位・留保) - 特定行政書士試験学習ガイド

第1章 行政法学習の入り口として

1-1 行政法とは何か

行政法は、行政主体が国民との間で形成する公法関係を規律する法分野です。民法のような私法とは異なり、行政法は権力関係を前提とした法体系であり、行政権力の行使とその統制を中心的な課題としています。

特定行政書士試験において、行政法は最も重要な科目の一つです。なぜなら、行政書士の実務は行政機関との関係において展開されるものであり、行政法の理解なくして適切な実務は行い得ないからです。

行政法の基本構造を理解するためには、まず「行政の基本原則」を確実に理解する必要があります。この基本原則は、行政権力の行使に関する根本的なルールであり、すべての行政活動の基盤となるものです。

1-2 なぜ基本原則の理解が重要なのか

行政の基本原則は、単なる理論的な概念ではありません。これらの原則は、具体的な行政活動において常に適用され、行政行為の適法性を判断する基準となります。

例えば、行政庁が何らかの処分を行う場合、その処分は法治主義の要請に適合している必要があります。また、法律による行政の原理により、行政庁は法律に基づかない限り国民に義務を課すことはできません。

特定行政書士試験では、これらの原則の理解を前提として、具体的な事例に対する法的判断が求められます。したがって、基本原則の確実な理解なくして、試験での成功はあり得ません。

第2章 法治主義の理念と展開

2-1 法治主義の歴史的発展

2-1-1 法治国家の理念

法治主義(Rechtsstaat)は、19世紀ドイツで発展した概念です。この概念は、国家権力が法に基づいて行使されなければならないという原理を表しています。

法治主義の基本的な考え方は、権力者といえども法に拘束されるという点にあります。これは、専制政治への反省から生まれた近代立憲主義の基本理念の一つです。

2-1-2 形式的法治主義と実質的法治主義

法治主義には、形式的法治主義と実質的法治主義という二つの理解があります。

形式的法治主義は、行政が法律に基づいて行われることを要求するものです。この立場では、法律の内容が適正であるかどうかは問題とせず、法律に基づいていることのみが重要とされます。

実質的法治主義は、法律の内容自体が正義に適合していることを要求します。単に法律に基づいていれば足りるのではなく、その法律が基本的人権を尊重し、正義に適合している必要があるとする立場です。

2-1-3 日本における法治主義の受容

日本では、明治憲法の下で形式的法治主義が導入されました。しかし、現行憲法の下では、基本的人権の尊重を前提とした実質的法治主義が採用されています。

憲法第31条の「法定手続の保障」は、実質的法治主義の現れとして理解されています。この条文は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定しており、適正手続の保障を要求しています。

2-2 法治主義の現代的意義

2-2-1 権力分立との関係

法治主義は、権力分立の原理と密接な関係にあります。立法権が制定した法律に基づいて行政権が行使され、その適法性が司法権によって審査されるという仕組みは、法治主義の具体的な現れです。

2-2-2 基本的人権との関係

現代の法治主義は、基本的人権の保障と不可分の関係にあります。行政権力の行使は、常に基本的人権との調和を図りながら行われなければなりません。

この点で重要なのは、比例原則(比例性の原則)です。行政目的の達成のために制約される私人の権利・利益と、その制約によって実現される公益との間に均衡が保たれていなければならないという原則です。

2-2-3 透明性・説明責任の要請

現代の法治主義は、行政の透明性と説明責任を強く要求しています。情報公開法や行政手続法の制定は、この要請の具体的な現れです。

行政庁は、その判断過程を明確にし、国民に対して説明責任を果たさなければなりません。これは、民主的統制の実効性を確保するために不可欠な要素です。

2-3 法治主義の限界と課題

2-3-1 現代行政の複雑化と法治主義

現代の行政は、極めて複雑化・専門化しています。環境問題、金融規制、情報通信技術の発展など、新たな行政課題が次々と生じており、従来の法治主義だけでは対応が困難な場面も生じています。

このような状況下で、行政の専門性と法治主義の要請をいかに調和させるかが重要な課題となっています。

2-3-2 グローバル化と法治主義

経済のグローバル化により、国境を越えた行政課題が増加しています。このような課題に対して、従来の国内法に基づく法治主義だけでは限界があります。

国際協調と国内法治主義の調和が、現代行政法の重要な課題となっています。

第3章 法律による行政の原理

3-1 法律による行政の原理の意義

3-1-1 概念の確立

法律による行政の原理は、行政権の行使が法律に基づかなければならないという原則です。この原理は、法治主義をより具体化した概念として理解されています。

この原理の核心は、行政庁が国民の権利を制限し、または義務を課す場合には、法律の根拠が必要だという点にあります。

3-1-2 憲法上の根拠

法律による行政の原理は、憲法の各条文から導かれます。特に重要なのは、以下の条文です。

  • 憲法第41条(国会の地位):「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」
  • 憲法第73条第1号(内閣の職務権限):内閣は「法律を誠実に執行」する義務を負う
  • 憲法第65条(行政権の帰属):「行政権は、内閣に属する。」

これらの条文から、行政権は立法権に従属し、法律の枠内で行使されなければならないことが導かれます。

3-1-3 民主的正統性の確保

法律による行政の原理は、行政の民主的正統性を確保する機能を果たしています。国民の代表機関である国会が制定した法律に基づいて行政が行われることにより、間接的ではありますが、行政に対する民主的統制が実現されます。

3-2 法律の優位の原則

3-2-1 法律の優位とは何か

法律の優位の原則は、行政活動が法律に適合していなければならないという原則です。この原則により、行政庁は法律に反する行為を行うことができません。

法律の優位は、消極的な側面を持つ原則です。すなわち、行政庁に対して「法律に反することをしてはならない」という制約を課すものです。

3-2-2 法律の優位の具体的内容

法律の優位の原則は、以下のような具体的な制約を行政に課します。

直接的制約:行政庁は、法律の条文に直接違反する行為を行うことができません。例えば、法律で禁止されている行為を許可することはできません。

間接的制約:法律の趣旨・目的に反する行為も禁止されます。条文の字面上は違反していなくても、法律の基本的な構造や目的に反する行為は許されません。

3-2-3 法律の優位と行政立法

法律の優位の原則は、行政立法(政令、省令等)についても適用されます。政令や省令は、法律に適合していなければならず、法律に反する内容を定めることはできません。

この点で重要なのは、憲法第73条第6号の委任命令に関する規定です。内閣は「法律の範囲内で」政令を制定することができるとされており、これは法律の優位の原則の現れです。

3-2-4 法律の優位と処分

個別具体的な行政処分についても、法律の優位の原則が適用されます。行政庁が行う処分は、すべて法律に適合していなければなりません。

法律に違反する処分は違法であり、行政不服審査や行政事件訴訟の対象となります。この点は、特定行政書士の実務において極めて重要な意味を持ちます。

3-3 法律の留保の原則

3-3-1 法律の留保の意義

法律の留保の原則は、一定の行政活動について、法律の明示的な授権が必要だという原則です。この原則は、法律の優位よりもさらに積極的な制約を行政に課すものです。

法律の留保は、「法律なければ行政なし」という格言で表現されることもあります。これは、法律の根拠なしに行政活動を行うことはできないという意味です。

3-3-2 全部留保説と一部留保説

法律の留保の範囲については、学説上、全部留保説と一部留保説の対立があります。

全部留保説は、すべての行政活動について法律の根拠が必要だとする立場です。この立場によれば、どのような軽微な行政活動であっても、法律の授権なしには行うことができません。

一部留保説は、国民の権利・義務に関わる重要な行政活動についてのみ法律の根拠が必要だとする立場です。この立場では、内部管理的な行政活動や軽微な行政サービスについては、必ずしも法律の明示的な根拠を要しないとされます。

3-3-3 判例の動向

最高裁判所の判例は、基本的に一部留保説に立っていると考えられています。特に、「権利・利益に対する不利益な処分」について法律の根拠を要求する傾向が見られます。

重要な判例として、博多駅テレビフィルム提出命令事件(最大決昭和44年11月26日)があります。この判例では、「憲法の保障する表現の自由を間接的にせよ制約することとなる」処分について、法律の根拠の必要性が示されました。

3-3-4 現代的展開

現代では、法律の留保の概念も発展しており、単に法律の根拠があれば足りるのではなく、その法律が十分に明確で具体的でなければならないという明確性の原則も重要視されています。

また、基本的人権に関わる分野では、より厳格な法律の留保が要求される傾向にあります。これは、重要事項留保説または本質性理論と呼ばれる考え方です。

3-4 侵害留保説から全部留保説への展開

3-4-1 伝統的な侵害留保説

従来の学説では、侵害留保説が有力でした。この説は、国民の権利・自由を制約する(侵害する)行政作用についてのみ法律の根拠を要求するものです。

侵害留保説の背景には、国家作用を「侵害行政」と「給付行政」に区別し、給付行政については法律の根拠を要しないとする考え方がありました。

3-4-2 侵害留保説の限界

しかし、現代行政の発展により、侵害留保説の限界が明らかになってきました。

給付行政の拡大:現代国家では、社会保障、教育、公共事業など、給付行政の比重が大幅に増大しています。これらの分野でも法的統制の必要性が高まっています。

侵害と給付の区別の困難性:実際の行政活動では、侵害的側面と給付的側面が複合していることが多く、明確な区別が困難です。

第三者への影響:給付行政であっても、第三者に不利益をもたらす場合があります(例:特定の事業者への補助金給付が競争関係にある他の事業者に不利益を与える場合)。

3-4-3 全部留保説への転換

このような限界を踏まえ、現在では全部留保説が有力になっています。この説は、行政活動の性質を問わず、すべての行政活動について法律の根拠を要求するものです。

全部留保説の根拠として、以下の点が挙げられます。

権力分立の要請:立法権と行政権の適切な役割分担を実現するため。

民主的統制の実効化:国民主権の原理に基づく行政統制の実効性確保。情報公開、住民参加、説明責任の制度化。

人権保障の強化:基本的人権の保障と行政の効率性の調和。比例原則による権利制約の合理化。

予測可能性の確保:国民が行政活動を予測できるようにするため。

平等原則の要請:恣意的な行政を防止し、平等な取扱いを確保するため。

3-5 委任立法との関係

3-5-1 委任立法の必要性

現代行政の複雑化・専門化により、すべての事項を法律で詳細に定めることは困難です。そこで、法律で基本的事項を定め、詳細事項を政令や省令に委任する委任立法の仕組みが発達しています。

3-5-2 委任の限界

しかし、委任立法にも限界があります。委任命令の限界として、以下の原則が確立しています。

白紙委任の禁止:法律は、委任の対象となる事項について一定の基準を示さなければなりません。全く内容を定めずに行政機関に委ねること(白紙委任)は許されません。

委任の範囲の明確化:委任される事項の範囲が明確でなければなりません。

重要事項の留保:特に重要な事項については、法律自身で定めなければならず、委任立法に委ねることは許されません。

3-5-3 重要な判例

委任立法の限界に関する重要な判例として、以下のものがあります。

徳島市公安条例事件(最大判昭和50年9月10日):集会・結社の自由に関する制約について、法律の委任の範囲を厳格に解した判例です。

関税定率法事件(最判平成4年12月15日):関税率の決定について、一定の基準の下での委任を認めた判例です。

第4章 法律の優位と法律の留保の相互関係

4-1 両原則の区別

4-1-1 機能の違い

法律の優位と法律の留保は、いずれも法律による行政の原理を構成する重要な原則ですが、その機能は異なります。

法律の優位は、消極的・制約的機能を持ちます。すなわち、行政に対して「法律に反することをしてはならない」という制約を課すものです。

法律の留保は、積極的・授権的機能を持ちます。すなわち、行政に対して「法律の授権がなければ行動できない」という制約を課すものです。

4-1-2 作用の場面

両原則が作用する場面も異なります。

法律の優位は、既存の法律との適合性を問題とします。行政活動が既存の法律の内容と矛盾していないかを審査する基準となります。

法律の留保は、そもそも行政活動を行う権限があるかどうかを問題とします。法律による明示的または黙示的な授権がなければ、行政活動自体が許されません。

4-1-3 具体例による理解

具体例を通じて両原則の違いを理解してみましょう。

例1:営業許可の場合

  • 法律の優位:営業許可を与える際の基準や手続が法律の定めに適合していること
  • 法律の留保:そもそも営業許可を与える権限が法律によって授権されていること

例2:行政指導の場合

  • 法律の優位:行政指導の内容が既存の法律の趣旨に反しないこと
  • 法律の留保:行政指導を行う権限が法律によって根拠づけられていること

4-2 両原則の相互補完関係

4-2-1 重層的統制

法律の優位と法律の留保は、相互に補完し合って、行政に対する重層的な統制を実現しています。

法律の留保により、行政活動の出発点が法律によってコントロールされ、法律の優位により、行政活動の過程と結果が法律によってコントロールされます。

4-2-2 統制の実効性確保

両原則の組み合わせにより、行政統制の実効性が高められます。どちらか一方の原則だけでは、統制に漏れが生じる可能性があります。

例えば、法律の留保だけでは、授権された範囲内での恣意的な権限行使を防ぐことができません。また、法律の優位だけでは、そもそも権限のない行政活動を統制することができません。

4-2-3 現代的課題への対応

現代行政の複雑化に伴い、両原則の協調的運用がより重要になっています。

例:規制緩和の場面 規制緩和により新たな行政手法(例:事後チェック型規制)が導入される場合、法律の留保により適切な授権を確保し、法律の優位により運用の適正性を確保する必要があります。

4-3 現代行政における課題

4-3-1 行政の専門性との調和

現代行政は高度に専門化しており、立法府がすべての詳細事項を予め定めることは困難です。この状況下で、専門的判断と法的統制をいかに調和させるかが重要な課題となっています。

この課題に対しては、以下のようなアプローチが取られています。

段階的統制:法律で基本的枠組みを定め、政令で具体的基準を定め、省令で技術的詳細を定めるという段階的なアプローチ。

手続的統制:実体的内容の詳細な規定が困難な場合、適正な手続を法定することによる統制。

事後的統制:事前の詳細な規定に代えて、事後的な審査・救済制度による統制。

4-3-2 国際化への対応

経済活動の国際化に伴い、国内法だけでは対応困難な行政課題が増加しています。この状況下で、法律による行政の原理をいかに維持するかが課題となっています。

国際約束の国内実施:国際条約や国際機関の決定を国内で実施する場合の法的統制のあり方。

域外適用の問題:国内法の域外適用や外国法の域内適用に関する法的統制。

超国家的規制:EU のような超国家的な規制枠組みとの関係での法的統制。

4-3-3 技術革新への対応

AI、IoT、バイオテクノロジーなどの技術革新により、従来の法的枠組みでは対応困難な新たな行政課題が生じています。

リスク評価の困難性:新技術のリスクを事前に正確に評価することの困難性。

規制の柔軟性:技術の急速な発展に対応するための規制の柔軟性の確保。

予防原則とイノベーション:予防原則による規制とイノベーション促進のバランス。

第5章 具体的事例による理解

5-1 営業規制における基本原則

5-1-1 営業許可制度

営業許可制度は、法律による行政の原理が最も典型的に現れる分野の一つです。

法律の留保の適用:営業許可を要求すること自体が、営業の自由(憲法第22条)に対する制約となるため、法律の明確な根拠が必要です。

例えば、食品衛生法は、飲食店営業等について都道府県知事の許可を要するとしています(同法第55条第1項)。この規定により、営業許可を求める権限が行政庁に授権されています。

法律の優位の適用:許可の基準、手続、許可後の監督等は、すべて法律及び法律に基づく命令の定めに適合していなければなりません。

5-1-2 許可基準の明確性

営業許可の基準は、法律の留保の原則から、十分に明確でなければなりません。曖昧な基準では、行政庁の恣意的な判断を招き、法治主義の要請に反することになります。

適正な基準の例

  • 食品衛生法に基づく飲食店営業許可:施設の構造設備、管理運営等について具体的基準を政省令で規定
  • 建築基準法に基づく建築確認:建築物の構造、設備等について詳細な技術基準を政省令で規定

不適正な基準の例

  • 「公共の福祉に適合すること」のような抽象的基準のみで具体的基準がない場合
  • 行政庁の「総合的判断」に委ねられている場合

5-1-3 許可の更新・取消

営業許可の更新や取消についても、基本原則が適用されます。

更新拒否:許可の更新拒否は、既得権に対する不利益処分の性格を持つため、厳格な法律の根拠と手続が必要です。

許可取消:許可取消は、営業者に重大な不利益をもたらすため、取消事由が法律で明確に定められている必要があります。また、行政手続法の聴聞手続を経ることが原則として必要です。

5-2 社会保障分野における基本原則

5-2-1 給付行政と法律の留保

社会保障分野は、典型的な給付行政の分野ですが、現代では法律の留保の原則が厳格に適用されています。

年金給付:国民年金法、厚生年金保険法等により、給付要件、給付額の算定方法等が詳細に規定されています。

医療保険給付:健康保険法、国民健康保険法等により、給付の範囲、自己負担額等が法定されています。

生活保護給付:生活保護法により、保護の要件、保護の程度・方法等が法定されています。

5-2-2 裁量と統制

社会保障分野では、個々の事案に応じた柔軟な対応が必要な場合があります。しかし、この場合でも、法律による統制は及びます。

要保護性の判断:生活保護の要保護性判断には一定の裁量がありますが、その判断は生活保護法の定める基準に適合していなければなりません。

医療の必要性判断:医療保険における医療の必要性判断には専門的裁量がありますが、保険診療の範囲は法令で明確に定められています。

5-2-3 第三者への影響と統制

給付行政であっても、第三者への影響がある場合には、より厳格な統制が必要となります。

医療機関の指定:健康保険の保険医療機関の指定は、他の医療機関との競争関係に影響を与えるため、指定基準の明確化と手続の適正化が要求されます。

補助金の交付:特定の事業者への補助金交付は、競争関係にある他の事業者に影響を与えるため、交付基準の明確化と公平な選定手続が必要です。

5-3 環境規制における基本原則

5-3-1 環境法の特殊性

環境法の分野では、科学的不確実性、予防原則、将来世代への影響等、従来の行政法理論では扱いが困難な問題が生じています。

科学的不確実性:環境問題では、因果関係の科学的立証が困難な場合が多く、従来の法的判断の枠組みでは対応が困難です。

予防原則:重大な環境被害のおそれがある場合には、科学的確実性がなくても予防的措置を講じる必要があるとする原則。

将来世代への責任:現在の行政決定が将来世代に与える影響をいかに考慮するかという問題。

5-3-2 環境影響評価における基本原則

環境影響評価法は、一定規模以上の開発事業について環境影響評価の実施を義務づけています。

法律の留保:環境影響評価の実施義務は、事業者の自由な経済活動に対する制約となるため、法律の明確な根拠が必要です。

法律の優位:環境影響評価の手続、評価項目、評価方法等は、法令の定めに適合していなければなりません。

手続的統制:環境影響評価では、実体的判断の困難性から、適正な手続の確保による統制が重視されています。住民参加、情報公開、専門家の意見聴取等の手続が法定されています。

5-3-3 公害規制における基本原則

公害規制の分野では、人の健康や環境の保護という重要な法益の保護が問題となるため、厳格な法的統制が必要です。

排出基準の設定:大気汚染防止法、水質汚濁防止法等により、汚染物質の排出基準が法定されています。これらの基準は、科学的知見に基づいて設定される必要があります。

規制手法の多様化:従来の命令統制型規制に加えて、経済的手法(環境税、排出権取引等)の導入が進んでいますが、これらの手法についても法律による授権が必要です。

5-4 情報公開・個人情報保護における基本原則

5-4-1 情報公開制度

情報公開制度は、行政の透明性を確保し、国民の知る権利を保障する制度です。

開示請求権の法定:行政機関情報公開法により、何人も行政機関の保有する情報の開示を請求する権利が保障されています。この権利は、法律により明確に根拠づけられています。

非開示情報の限定列挙:開示しないことができる情報(非開示情報)は、法律により限定的に列挙されています(同法第5条)。行政機関は、これらの事由に該当しない限り、情報を開示しなければなりません。

不服申立制度:開示決定等に対する不服申立制度が法定されており(同法第18条以下)、情報公開・個人情報保護審査会による客観的な審査が行われます。

5-4-2 個人情報保護制度

個人情報保護制度は、個人の権利利益を保護するとともに、行政の適正かつ円滑な運営を図る制度です。

利用目的の特定:行政機関個人情報保護法により、行政機関は個人情報を取り扱う際に利用目的を特定しなければならないとされています(同法第3条第1項)。

目的外利用の制限:個人情報は、原則として利用目的以外の目的のために利用してはならないとされています(同法第3条第2項)。ただし、法律に基づく場合等の例外があります(同法第3条第3項各号)。

第三者提供の制限:個人情報の第三者への提供は、原則として本人の同意がある場合等に限定されています(同法第4条)。

5-4-3 両制度の調整

情報公開制度と個人情報保護制度は、時として緊張関係に立つことがあります。この調整について、法律による明確なルールが定められています。

個人情報の開示請求:行政機関情報公開法では、個人に関する情報は原則として非開示情報とされていますが(同法第5条第1号)、本人が識別される情報については、一定の場合に開示されます(同号イ)。

第三者情報の開示:第三者の権利利益を害するおそれがある情報は、原則として非開示とされています(同法第5条第2号)。

第6章 基本原則の現代的課題と展開

6-1 デジタル社会における基本原則

6-1-1 電子政府と法律による行政

デジタル技術の発展により、行政手続の電子化が急速に進展しています。この電子化においても、法律による行政の原理は貫かれなければなりません。

デジタル手続法の制定:デジタル手続法(正式名称:情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律)により、行政手続の電子化に関する基本的な枠組みが法定されました。

電子署名の法的効力:電子署名法により、電子署名の法的効力が明確化され、電子的な行政手続における本人確認の仕組みが整備されました。

AI の活用:行政におけるAI の活用が進んでいますが、AI による判断についても法律による統制が及ぶ必要があります。AI による処分が行われる場合、その判断アルゴリズムは法律及び法律に基づく命令に適合している必要があります。

6-1-2 個人情報保護の強化

デジタル社会の進展に伴い、個人情報保護の重要性が高まっています。

改正個人情報保護法:令和3年改正により、個人情報保護法制が大幅に見直され、行政機関、独立行政法人等、地方公共団体の個人情報保護制度が統一化されました。

匿名加工情報:ビッグデータの活用促進のため、匿名加工情報の仕組みが導入されましたが、その作成・利用についても法律による詳細な規制が設けられています。

6-1-3 サイバーセキュリティと基本原則

サイバーセキュリティの確保も、現代行政の重要な課題です。

サイバーセキュリティ基本法:サイバーセキュリティに関する施策の基本的な枠組みを定め、国、地方公共団体、重要インフラ事業者等の責務を明確化しています。

重要インフラの防護:重要インフラの防護については、各分野の法律(電気事業法、ガス事業法等)により、事業者の義務が法定されています。

6-2 グローバル化と基本原則

6-2-1 国際約束の履行

日本が締結した国際約束の国内履行においても、法律による行政の原理が適用されます。

条約の国内実施:条約の国内実施のためには、必要に応じて国内法の整備が必要です。条約が直接適用される場合でも、その執行については国内法による授権が必要な場合があります。

国際機関の決定:国際機関の決定を国内で実施する場合も、国内法による授権が必要です。例えば、国連安保理決議に基づく資産凍結措置は、外国為替及び外国貿易法による授権に基づいて実施されています。

6-2-2 域外適用と管轄権

経済活動の国際化により、国内法の域外適用や外国法の域内適用の問題が生じています。

独占禁止法の域外適用:私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)は、一定の要件の下で域外適用が認められています(同法第3条等)。

外国法人に対する規制:金融商品取引法等では、外国法人に対しても一定の規制が及ぶことがあります。この場合も、法律による明確な授権が必要です。

6-2-3 国際協力と情報共有

国際的な行政協力や情報共有についても、法律による統制が及びます。

相互協力協定:税務、金融規制、競争政策等の分野で、外国政府との間で相互協力協定が締結されていますが、これらの協定に基づく情報提供等についても、国内法による根拠が必要です。

国際機関への情報提供:OECD、IMF等の国際機関への情報提供についても、国内法による根拠づけが必要な場合があります。

6-3 リスク社会への対応

6-3-1 予防原則と基本原則

現代社会では、科学技術の発展に伴い、従来予測困難であった新たなリスクが生じています。このようなリスクへの対応において、予防原則の重要性が高まっています。

予防原則の法制化:環境基本法、食品安全基本法等において、予防的な取組の重要性が明記されています。

リスク評価とリスク管理の分離:食品安全委員会の設置により、科学的なリスク評価と政策的なリスク管理が分離され、それぞれについて法律による根拠づけがなされています。

6-3-2 緊急時対応と基本原則

自然災害、感染症、テロ等の緊急事態においても、法律による行政の原理は基本的に維持されなければなりません。

災害対策基本法:災害対策について包括的な法的枠組みを定め、国、地方公共団体、指定公共機関等の責務と権限を明確化しています。

感染症法:新型インフルエンザ等対策特別措置法により、緊急事態宣言下での様々な措置について法的根拠が定められています。新型コロナウイルス感染症への対応においても、この法的枠組みが活用されました。

原子力災害対策:原子力災害対策特別措置法により、原子力災害に関する特別な法的枠組みが定められています。

6-3-3 科学的不確実性への対応

科学的不確実性が存在する場合の行政判断についても、法的統制の仕組みが整備されています。

安全性の立証責任:薬事法(医薬品医療機器等法)、化学物質審査規制法等では、事業者側に安全性の立証責任を課すことにより、科学的不確実性への対応を図っています。

段階的規制:化学物質規制等では、リスクの程度に応じて段階的な規制を行う仕組みが導入されています。

継続的見直し:科学的知見の蓄積に応じて規制内容を継続的に見直す仕組みが法定されています。

6-4 行政の効率性と基本原則

6-4-1 行政改革と法的統制

行政の効率性向上のための行政改革においても、法律による行政の原理は維持されなければなりません。

独立行政法人制度:独立行政法人通則法により、独立行政法人の設立、運営、評価等について包括的な法的枠組みが定められています。

民間委託:行政事務の民間委託については、個別の法律により委託の根拠、委託先の要件、委託事務の範囲等が定められる必要があります。

指定管理者制度:地方自治法の改正により指定管理者制度が導入されましたが、指定管理者が行う公の施設の管理についても、法律及び条例による統制が及びます。

6-4-2 規制改革と法的統制

規制改革により新たな規制手法が導入される場合も、法律による統制が必要です。

事後規制への転換:事前規制から事後規制への転換が進められていますが、事後的な監視・監督についても法律による根拠づけが必要です。

自主規制の活用:業界団体による自主規制の活用が図られていますが、行政機関がこれに関与する場合は、その根拠が法律で定められている必要があります。

第三者認証の活用:第三者認証機関による認証制度の活用が図られていますが、認証機関の指定、監督等については法律による根拠が必要です。

第7章 判例による基本原則の展開

7-1 法律の留保に関する重要判例

7-1-1 博多駅テレビフィルム提出命令事件

事案の概要 本件は、刑事事件の証拠収集のため、報道機関が撮影したテレビフィルムの提出を命じた事案です。

最高裁判所の判断(最大決昭和44年11月26日民集23巻11号1490頁) 最高裁は、「憲法21条の保障する表現の自由は、民主主義社会において最も重要な精神的自由の一つであり、法律によつてもみだりに制限することはできない」として、表現の自由に対する制約には法律の根拠が必要であることを明確にしました。

法理の意義 この判例により、基本的人権に関わる分野では、より厳格な法律の留保が要求されることが明らかになりました。特に、「間接的制約」についても法律の根拠が必要とされた点で重要です。

7-1-2 マクリーン事件

事案の概要 外国人の在留期間更新申請に対する不許可処分が争われた事案です。

最高裁判所の判断(最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁) 最高裁は、外国人の在留に関する処分について、出入国管理及び難民認定法による授権の範囲内で行政裁量が認められるとしました。

法理の意義 この判例は、行政裁量が認められる場合でも、その裁量は法律の授権の範囲内に限定されることを確認した点で重要です。

7-1-3 エホバの証人剣道実技拒否事件

事案の概要 宗教上の理由により剣道実技を拒否した高等専門学校学生の原級留置処分及び退学処分が争われた事案です。

最高裁判所の判断(最三小判平成8年3月8日民集50巻3号469頁) 最高裁は、「宗教上の信念に基づき剣道実技への参加を拒否する学生に対し、代替措置を採ることなく原級留置及び退学処分を行うことは、比例原則に反し、裁量権の範囲を逸脱する」と判示しました。

法理の意義 この判例は、行政裁量の行使においても比例原則による統制が及ぶことを明確にした点で重要です。

7-2 法律の優位に関する重要判例

7-2-1 農地法違反転用事件

事案の概要 農地法に違反する農地転用について、都道府県知事が農地法に基づく原状回復命令を発した事案です。

最高裁判所の判断(最判昭和61年12月16日民集40巻7号1236頁) 最高裁は、「農地法違反の転用がなされた場合、知事は農地法の規定に基づき原状回復を命じることができるが、その命令は農地法の趣旨・目的に適合していなければならない」と判示しました。

法理の意義 この判例は、行政処分が形式的に法律に基づいていても、法律の趣旨・目的に適合していなければ違法となることを明確にした点で重要です。

7-2-2 土地区画整理事業計画決定処分取消事件

事案の概要 土地区画整理法に基づく事業計画の決定処分について、その手続の適法性が争われた事案です。

最高裁判所の判断(最判平成元年2月17日民集43巻2号56頁) 最高裁は、「土地区画整理事業の施行については、土地区画整理法の定める手続に従わなければならず、法定の手続に違反した処分は違法である」と判示しました。

法理の意義 この判例は、行政手続の適法性について、法律で定められた手続を厳格に遵守する必要があることを確認した点で重要です。

7-3 委任立法の限界に関する重要判例

7-3-1 徳島市公安条例事件

事案の概要 徳島市公安条例に基づく集会禁止処分の適法性が争われた事案です。

最高裁判所の判断(最大判昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁) 最高裁は、「集会の自由は憲法の保障する重要な基本的人権であり、これに対する制限は必要最小限度にとどめられなければならない。地方公共団体が条例により集会を規制する場合も、法律の委任の範囲内で行われなければならない」と判示しました。

法理の意義 この判例は、基本的人権に関わる分野での委任立法について、特に厳格な統制が及ぶことを明確にした点で重要です。

7-3-2 関税定率法事件

事案の概要 関税定率法の政令委任の適法性が争われた事案です。

最高裁判所の判断(最判平成4年12月15日民集46巻9号2829頁) 最高裁は、「関税率の決定について、法律が政令に委任する場合、一定の基準を示していれば、具体的な関税率の決定を政令に委ねることは許される」と判示しました。

法理の意義 この判例は、技術的・専門的事項については、一定の基準の下での包括的委任も許されることを示した点で重要です。

第8章 特定行政書士試験への対応

8-1 出題傾向の分析

8-1-1 基本原則に関する出題パターン

特定行政書士試験における基本原則の出題は、以下のパターンに大別できます。

概念の理解を問う問題

  • 法治主義、法律による行政の原理の意義
  • 法律の優位と法律の留保の区別
  • 形式的法治主義と実質的法治主義の違い

具体的事例への適用を問う問題

  • 営業規制における基本原則の適用
  • 給付行政における法律の留保
  • 緊急時における基本原則の修正

判例の理解を問う問題

  • 博多駅テレビフィルム提出命令事件の法理
  • 徳島市公安条例事件の意義
  • 委任立法の限界に関する判例

8-1-2 近年の出題傾向

近年の特定行政書士試験では、以下の傾向が見られます。

実務的観点の重視:単なる理論的理解ではなく、実際の行政実務における基本原則の適用が重視されています。

複合的問題の増加:複数の基本原則が絡む複合的な事例問題が増加しています。

現代的課題の出題:デジタル化、国際化、リスク社会への対応など、現代的課題に関する出題が見られます。

8-1-3 要件事実論との関連

特定行政書士試験では、要件事実論の観点から基本原則を理解することも重要です。

立証責任の分配:行政処分の適法性について、行政庁と相手方のどちらが立証責任を負うか。

要件事実の特定:法律の留保違反、法律の優位違反を主張する場合の要件事実の特定。

抗弁の構造:行政庁側の抗弁(緊急性、公益上の必要性等)の法的構造。

8-2 学習上の重要ポイント

8-2-1 体系的理解の重要性

基本原則の学習においては、個々の概念を孤立して理解するのではなく、相互の関連性を把握することが重要です。

法治主義を頂点とする体系:法治主義を頂点として、法律による行政の原理、法律の優位・留保が体系化されていることを理解する。

憲法との関係:基本原則が憲法の各条文からどのように導かれるかを理解する。

他の行政法制度との関係:行政手続、行政不服審査、行政事件訴訟等の制度が基本原則とどのような関係にあるかを理解する。

8-2-2 判例学習の重要性

基本原則の理解には、重要判例の学習が不可欠です。

判例の射程の理解:各判例がどの範囲まで適用されるかを正確に理解する。

判例の発展:判例法理がどのように発展してきたかを時系列で理解する。

下級審判例との比較:最高裁判例と下級審判例の相違点を理解する。

8-2-3 実務との関連性

特定行政書士試験では、実務との関連性を意識した学習が重要です。

行政書士業務との関連:許認可申請、行政不服申立て等の業務において基本原則がどのように関わるか。

具体的事例の検討:実際の行政実務において生じる具体的事例を通じて基本原則を理解する。

法改正への対応:基本原則に関連する法改正の動向を把握する。

8-3 答案作成上の注意点

8-3-1 論理的構成

基本原則に関する論述では、論理的な構成が重要です。

三段論法の徹底:大前提(法原則)、小前提(事実)、結論の論理構造を明確にする。

段階的論証:複数の論点がある場合は、段階を追って論証する。

反対論の検討:自己の結論と異なる見解についても検討を加える。

8-3-2 条文・判例の引用

条文や判例の正確な引用が重要です。

条文番号の正確性:憲法、各種法律の条文番号を正確に記載する。

判例の事案と法理の区別:判例の事案(事実関係)と法理(判断基準)を明確に区別する。

判例の射程の明示:引用する判例がどの範囲まで適用されるかを明示する。

8-3-3 実務的視点の組み込み

特定行政書士試験では、実務的視点の組み込みが高く評価されます。

行政書士の立場:行政書士として依頼者にどのようなアドバイスをするかという視点。

手続的対応:基本原則違反が疑われる場合の具体的な手続的対応。

予防法学的観点:紛争の予防という観点からの検討。

第9章 基本原則の将来的展望

9-1 デジタル化の進展と基本原則

9-1-1 AI による行政判断

人工知能(AI)の発展により、行政判断にAI が活用される場面が増加しています。この場合でも、基本原則は維持されなければなりません。

アルゴリズムの透明性:AI による判断のアルゴリズムは、法律の定める基準に適合していることが確認可能でなければなりません。

人間による最終判断:重要な行政判断については、AI の支援を受けつつも、最終的には人間による判断が必要とされる場合があります。

説明責任の確保:AI による判断についても、適切な説明責任が果たされる必要があります。

9-1-2 ビッグデータの活用

行政におけるビッグデータの活用も進んでいますが、これについても法的統制が必要です。

個人情報保護との調和:ビッグデータの活用と個人情報保護の要請をいかに調和させるか。

統計的差別の防止:ビッグデータを用いた統計的分析により、不合理な差別が生じないようにする必要があります。

9-1-3 プラットフォーム規制

デジタル・プラットフォーム事業者に対する規制も新たな課題となっています。

競争政策との関係:独占禁止法による規制と新たなプラットフォーム規制法制の関係。

国境を越える規制:プラットフォーム事業者の多くが外国企業である場合の規制の実効性確保。

9-2 国際化の進展と基本原則

9-2-1 国際協調と国内法治主義

国際協調の要請と国内法治主義の要請を調和させることが重要な課題となっています。

国際基準の国内実施:国際機関が定める基準を国内で実施する場合の法的枠組み。

相互承認協定:外国政府との相互承認協定に基づく規制の相互承認。

9-2-2 多国籍企業への対応

多国籍企業の活動に対する規制については、従来の国内法の枠組みでは限界があります。

域外適用の拡大:国内法の域外適用の範囲と限界。

国際的な執行協力:外国当局との間での執行協力の仕組み。

9-3 持続可能性と基本原則

9-3-1 将来世代への責任

持続可能な発展の要請により、将来世代への責任をいかに法制度に組み込むかが課題となっています。

環境アセスメントの強化:長期的な環境影響を考慮した環境影響評価制度。

世代間衡平の実現:現在世代と将来世代の利益をいかに調整するか。

9-3-2 ESG 投資と行政規制

ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の拡大により、企業の非財務情報の開示規制が強化されています。

情報開示の充実:ESG に関する情報開示の法的枠組み。

スチュワードシップ・コード:機関投資家の行動規範としてのスチュワードシップ・コード。

第10章 まとめ

10-1 基本原則の現代的意義

行政の基本原則は、単なる歴史的遺産ではなく、現代においてもその重要性は増大しています。デジタル化、国際化、リスク社会化など、社会の変化に対応しつつ、基本原則の本質的価値を維持していくことが重要です。

10-2 特定行政書士にとっての基本原則

特定行政書士にとって、基本原則の理解は単なる試験科目の学習にとどまらず、実務の根幹をなすものです。

10-2-1 実務における基本原則の活用

許認可申請業務:許認可の法的根拠、申請要件の法的根拠を基本原則に基づいて理解し、適切な申請書類の作成と手続の履行。

行政不服申立業務:処分の違法性を基本原則に基づいて判断し、効果的な審査請求・異議申立ての戦略策定。

行政手続に関する相談業務:依頼者に対する適切な法的アドバイスの提供。基本原則に基づく権利救済の可能性の検討。

10-2-2 継続的な学習の必要性

基本原則は固定的なものではなく、社会の変化とともに発展していくものです。特定行政書士は、継続的な学習により、基本原則の最新の展開を把握していく必要があります。

判例の動向:新しい判例の法理とその射程の理解。

法改正の動向:基本原則に関連する法改正とその影響の把握。

学説の発展:学説の動向と実務への影響の理解。

10-3 学習の指針

10-3-1 基本概念の確実な理解

定義の正確性:各概念の定義を正確に理解し、類似概念との区別を明確にする。

体系的理解:個々の概念の関連性を理解し、行政法全体の中での位置づけを把握する。

具体的適用:抽象的概念を具体的事例に適用する能力を養成する。

10-3-2 判例法理の習得

重要判例の精読:基本原則に関する重要判例を精読し、その法理を正確に理解する。

事案と法理の区別:判例の事案(事実関係)と法理(判断基準)を明確に区別する。

判例の発展:判例法理の歴史的発展過程を理解する。

10-3-3 実務的応用力の養成

事例演習:具体的事例を用いた演習により、基本原則の適用能力を養成する。

論述訓練:論理的で説得力のある論述能力を養成する。

実務家との対話:実務家との対話を通じて、理論と実務の架橋を図る。

10-4 基本原則学習のロードマップ

10-4-1 基礎段階

概念理解:法治主義、法律による行政の原理、法律の優位・留保の基本概念を理解する。

憲法との関連:基本原則の憲法上の根拠を理解する。

基本判例:博多駅テレビフィルム提出命令事件、徳島市公安条例事件等の基本判例を理解する。

10-4-2 発展段階

現代的展開:デジタル化、国際化等の現代的課題における基本原則の適用を理解する。

分野別適用:営業規制、環境規制、社会保障等の各分野における基本原則の適用を理解する。

実務的応用:行政書士業務における基本原則の活用方法を理解する。

10-4-3 応用段階

複合問題:複数の基本原則が絡む複合的な問題を解決する能力を養成する。

政策論との統合:基本原則と政策的要請をいかに調和させるかを考察する。

比較法的検討:外国法との比較により、日本の基本原則の特色を理解する。

10-5 結語

行政の基本原則は、行政法学習の出発点であり、特定行政書士として活動する上での基盤となるものです。これらの原則は、単なる抽象的理論ではなく、具体的な行政実務において常に適用される生きた法理です。

現代社会の急速な変化の中で、基本原則もまた発展を続けています。デジタル技術の進歩、国際化の進展、社会の複雑化等により、新たな法的課題が次々と生じていますが、これらの課題に対処する上でも、基本原則の確実な理解が不可欠です。

特定行政書士を目指す皆さんには、基本原則を単なる暗記事項として扱うのではなく、行政法全体を貫く基本理念として理解し、実務において活用できる生きた知識として身につけていただきたいと思います。

また、基本原則の学習は、特定行政書士試験の合格がゴールではありません。実務家として活動する中で、常に基本に立ち返り、基本原則の観点から問題を分析し、解決策を探求していく姿勢が重要です。

法治国家の一員として、また、国民の権利保護に携わる専門家として、基本原則を深く理解し、それを実務に活かしていくことが、特定行政書士の使命であると言えるでしょう。


参考文献

基本書

  • 宇賀克也『行政法概説Ⅰ(行政法総論)』(有斐閣、第7版、2020年)
  • 櫻井敬子・橋本博之『行政法』(弘文堂、第6版、2019年)
  • 稲葉馨・人見剛・村上裕章・前田雅子『行政法』(有斐閣、第4版、2018年)

判例集

  • 宇賀克也・交告尚史・山本隆司編『行政判例百選Ⅰ(行政法総論)』(有斐閣、第7版、2017年)
  • 最高裁判所事務総局編『最高裁判所判例集』

法令集

  • 行政法研究会編『行政法判例・法令集』(第一法規、最新版)
  • 法曹会編『司法試験用六法』(商事法務、最新版)

特定行政書士試験対策書

  • 藤田尚則『特定行政書士 重要問題集』(TAC出版、最新版)
  • 寺本康之『特定行政書士試験 行政法集中合格講座』(自由国民社、最新版)

注意事項 本学習ページは、特定行政書士試験対策を目的として作成されたものです。実際の法令適用や判例解釈については、最新の法令・判例を確認の上、必要に応じて専門家にご相談ください。法令の改正や新たな判例により、内容が変更される場合がありますので、常に最新の情報をご確認ください。統制の確保**:国民の代表機関である国会による統制を実効化するため。


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