行政不服審査法:審理員制度 - 公正・公平な審理の実現に向けて
目次
- 審理員制度の概要と意義
- 審理員の地位と独立性
- 審理員の指名・選任
- 審理員の権限と職務
- 審理手続における審理員の役割
- 審理員と処分庁・審査庁との関係
- 審理員制度の効果と実務上の運用
- 審理員制度と他の制度との関係
- 重要判例・実務事例の分析
- 特定行政書士試験対策のポイント
1. 審理員制度の概要と意義
1.1 制度創設の背景
平成26年の行政不服審査法全部改正により導入された審理員制度は、行政不服審査制度の抜本的改革の中核を成すものです。従来の制度では、審査請求を受理した審査庁が自ら審理を行い、裁決を行うという構造であったため、特に処分庁と審査庁が同一である場合には、公正性・客観性に疑問が持たれることがありました。
この問題を解決するため、審理の客観性・公正性を確保する観点から、審査庁から独立した地位にある審理員が審理手続を主宰する制度が創設されました。これは、行政内部における準司法的手続の充実強化を図るものとして、極めて重要な意義を有しています。
1.2 制度の基本理念
審理員制度の基本理念は、以下の三つの柱から構成されます。
(1)公正性の確保 審理員は処分に関与していない職員から指名されるため、先入観を持つことなく、客観的な立場から審理を行うことができます。これにより、当事者の権利利益がより適切に保護されることになります。
(2)専門性の向上 審理員は法律に関する知識を有する職員から選任されるため、法的観点から専門的な審理を行うことが可能となります。これにより、審理の質的向上が期待されます。
(3)効率性の追求 審理員が審理手続を主宰することにより、審査庁の負担が軽減され、より効率的な審理が実現されます。また、審理員の専門性により、争点の整理や証拠の評価がより適切に行われることになります。
1.3 法的根拠と構造
審理員・審査請求手続・審理手続制度は、行政不服審査法第9条から第42条にかけて詳細に規定されています。この制度の特徴は、以下の点にあります。
まず、審理員は審査庁の職員の中から指名されますが、処分に関与した職員は排除されるという仕組みになっています。これにより、組織内の独立性が確保されます。
次に、審理員は審理手続において広範な権限を有し、職権による証拠調べや争点整理などを行うことができます。これにより、当事者主義的要素と職権主義的要素が適切に組み合わされた効率的な手続が実現されます。
さらに、審理員は審理の終結後、審査庁に対して審理員意見書を提出する義務を負います。これにより、審理の過程と結果が明確化され、裁決の透明性が向上します。
2. 審理員の地位と独立性
2.1 審理員の法的地位
審理員は、審査庁の職員であると同時に、審理手続においては独立した地位を有する特別な存在です。この二重の地位が、審理員制度の特徴的な構造を形成しています。
(1)組織上の地位 審理員は審査庁の職員であり、その意味では行政組織の一員です。しかし、審理手続においては、審査庁から独立した権限を行使することが法律上明確に規定されています。
(2)機能上の独立性 審理員は、審理手続に関しては審査庁の指揮監督を受けることなく、独立してその職務を遂行します。これは、準司法的機能を適切に果たすために不可欠な要素です。
2.2 独立性確保の具体的仕組み
(1)指名時の除斥規定 法第9条第2項は、「当該審査請求に係る処分に関与した者その他審査請求に関し公正な判断をすることができないと認められる者」を審理員から除外する旨を規定しています。これにより、構造的な独立性が確保されます。
(2)審理における独立性 審理員は、審理手続の進行に関して独立した判断権を有し、審査庁はこれに不当な干渉を行うことはできません。ただし、審理員の判断に対する最終的な責任は審査庁が負うという構造になっています。
(3)身分保障 審理員に指名された職員は、正当な理由なくその地位を解かれることはありません。これにより、審理の独立性が実質的に保障されます。
2.3 独立性の限界と課題
審理員制度における独立性は、完全な独立ではなく、一定の限界を有しています。
(1)組織内独立の限界 審理員は同一組織内の職員であるため、完全に中立・独立とは言い切れない面があります。この点は制度設計上の限界として認識されています。
(2)人事上の制約 審理員の人事については、審査庁の裁量に委ねられる部分が多く、真の独立性確保には課題があります。
(3)予算・設備面での制約 審理員の活動に必要な予算や設備は審査庁に依存するため、この面での独立性には限界があります。
3. 審理員の指名・選任
3.1 指名権者と指名手続
審理員の指名は、法第9条第1項に基づき、審査庁が行います。この指名は、審査請求がなされた後、速やかに行われることが必要です。
(1)指名の時期 審理員の指名は、原則として審査請求書が審査庁に到達した後、遅滞なく行われます。ただし、形式的要件の審査等で時間を要する場合は、その完了後に指名することも許容されます。
(2)指名の方法 指名は、書面により行われ、被指名者に対してその旨が通知されます。また、審査請求人及び処分庁に対しても、審理員が指名された旨が通知されます。
3.2 審理員の資格要件
(1)積極的要件 審理員は、法律に関する知識を有する職員の中から指名されます。この「法律に関する知識」については、必ずしも法学部卒業や司法試験合格等の形式的資格は要求されませんが、行政法を中心とした法的知識を有することが実質的に求められます。
(2)消極的要件(除斥事由) 法第9条第2項但書は、以下の者を審理員から除外しています。
- 当該審査請求に係る処分に関与した者
- 審査請求に関し公正な判断をすることができないと認められる者
この除斥事由の解釈については、単に処分の決裁に関与したというだけでなく、処分の検討段階から関与した職員も含まれると考えられています。
3.3 指名に関する実務上の問題
(1)適格者の確保 特に小規模な自治体等においては、法律に関する知識を有し、かつ処分に関与していない職員の確保が困難な場合があります。この場合、他の部局からの応援や外部専門家の活用等が検討されることがあります。
(2)継続性の問題 審理員に指名された職員の人事異動等により、審理の継続性に問題が生じる場合があります。この場合は、新たな審理員の指名が必要となりますが、手続の遅延を避けるための工夫が求められます。
(3)専門性の確保 複雑な技術的事項が争点となる場合、法律知識だけでなく専門的知識も必要となります。この場合の審理員の選任方法については、実務上の課題となっています。
4. 審理員の権限と職務
4.1 審理員の基本的権限
審理員は、法第11条以下の規定により、審理手続において広範な権限を有しています。これらの権限は、公正かつ効率的な審理を実現するために不可欠なものです。
(1)手続進行権 審理員は、審理手続の進行を主宰し、期日の指定、手続の順序決定等を行う権限を有します。この権限により、争点に応じた柔軟な手続運営が可能となります。
(2)証拠調べ権 審理員は、職権により必要な証拠調べを行うことができます。これには、関係人からの事情聴取、現地調査、専門家の意見聴取等が含まれます。
(3)争点整理権 審理員は、当事者双方の主張を整理し、争点を明確化する権限を有します。これにより、効率的な審理が実現されます。
4.2 具体的職務の内容
(1)審査請求書の審査 審理員は、審査請求書の形式的要件及び実体的要件について審査を行います。形式的要件に不備がある場合は、補正を求めることができます。
(2)処分庁からの弁明書聴取 法第29条に基づき、処分庁から弁明書の提出を求め、これを審査します。弁明書の内容に不明な点がある場合は、追加の説明を求めることもできます。
(3)反駁書の審査 審査請求人から反駁書が提出された場合、その内容を審査し、必要に応じて処分庁に再弁明を求めることができます。
(4)証拠書類の収集・整理 審理員は、職権により必要な証拠書類の収集を行い、これらを整理して争点との関係を明確にします。
4.3 審理員の裁量的権限
(1)口頭意見陳述の実施判断 法第31条に基づく口頭意見陳述の実施については、審理員の裁量に委ねられている部分があります。ただし、当事者の手続保障の観点から、適切な判断が求められます。
(2)証拠調べの範囲・方法 証拠調べの具体的範囲や方法については、審理員の専門的判断に委ねられています。ただし、争点解明に必要な範囲を逸脱してはならず、また過度に負担となる調査は避けるべきです。
(3)審理期間の管理 審理員は、事案の複雑性等を考慮して適切な審理期間を設定し、これを管理する責任を負います。迅速性と慎重性のバランスを図ることが重要です。
4.4 権限行使の限界
(1)裁決権の不存在 審理員は審理手続を主宰しますが、最終的な裁決を行う権限は有しません。裁決は審査庁が行うものであり、この点で審理員の権限には明確な限界があります。
(2)強制権の制約 審理員は、当事者に対して一定の協力を求めることができますが、強制的な調査権限には限界があります。特に、第三者に対する強制力は限定的です。
(3)審査庁との関係での制約 審理員は独立性を有するものの、審査庁の職員であることから、組織運営上の制約を完全に回避することはできません。
5. 審理手続における審理員の役割
5.1 審理開始段階での役割
(1)要件審査と受理 審理員は、審査請求が法定の要件を満たしているかを審査し、不備がある場合は補正を求めます。この段階での適切な処理が、その後の審理の効率性を左右します。
形式的要件については、審査請求書の記載事項、提出期限、提出先等を確認し、実体的要件については、処分の存在、審査請求人の資格、審査請求期間等を審査します。
(2)争点の予備的把握 審理員は、審査請求書の内容から争点を予備的に把握し、審理計画を立案します。この段階での的確な争点把握が、効率的な審理につながります。
(3)手続スケジュールの策定 審理員は、事案の性質や複雑さを考慮して、適切な審理スケジュールを策定します。当事者の事情も考慮しつつ、迅速な審理を心がける必要があります。
5.2 争点整理段階での役割
(1)双方当事者の主張整理 審理員は、審査請求人と処分庁双方の主張を整理し、争点を明確化します。この作業には高度な法的知識と整理能力が要求されます。
具体的には、事実関係に関する争点と法律解釈に関する争点を区別し、それぞれについて当事者の主張を対比させながら整理を行います。
(2)証拠の関連性判断 提出された証拠について、争点との関連性を判断し、必要に応じて追加証拠の提出を求めます。この判断には、事案に対する深い理解が必要です。
(3)法的争点の分析 法律解釈が問題となる場合、審理員は関連する法令、判例、学説等を調査し、争点を法的観点から分析します。
5.3 証拠調べ段階での役割
(1)職権による証拠調べの実施 審理員は、必要に応じて職権により証拠調べを行います。これには、関係者からの事情聴取、現地調査、専門家の意見聴取等が含まれます。
(2)証拠能力・証明力の判断 提出された証拠について、その証拠能力及び証明力を判断します。この判断は、民事訴訟法の原則を参考としつつ、行政不服審査手続の特性を考慮して行われます。
(3)当事者への質問・確認 審理員は、不明な点について当事者に質問し、事実関係や法律関係を確認します。この際、中立性を保ちながら、真実発見に努める姿勢が重要です。
5.4 審理終結段階での役割
(1)審理の終結判断 審理員は、争点について十分な審理が尽くされたかを判断し、審理終結の適切な時期を決定します。この判断には、当事者の手続保障と迅速性確保のバランスが求められます。
(2)審理員意見書の作成 法第42条に基づき、審理員は審理の経過、争点、証拠の評価、法的判断等を記載した意見書を作成します。この意見書は、審査庁の裁決の基礎となる重要な資料です。
(3)審査庁への報告 審理員は、審理の終結とともに、審査庁に対して審理の結果を報告し、必要に応じて口頭での説明も行います。
6. 審理員と処分庁・審査庁との関係
6.1 審理員と処分庁との関係
(1)基本的関係構造 審理員と処分庁は、審理手続においては対等な立場に立ちます。審理員は処分庁に対して弁明書の提出を求め、必要に応じて追加説明を求めることができます。
(2)弁明書提出手続 法第29条により、処分庁は審理員に対して弁明書を提出する義務を負います。この弁明書には、処分の理由、根拠法令、認定した事実等を記載する必要があります。
弁明書の記載内容が不十分である場合、審理員は処分庁に対して補充説明を求めることができます。また、新たな事実が判明した場合は、再弁明を求めることも可能です。
(3)証拠資料の提出要求 審理員は、処分庁に対して処分に関連する証拠資料の提出を求めることができます。処分庁は、正当な理由なくこれを拒むことはできません。
6.2 審理員と審査庁との関係
(1)独立性と協調性 審理員は審査庁の職員でありながら、審理手続においては独立した地位を有します。この独立性と組織内での協調性をバランス良く保つことが重要です。
(2)意見書の提出義務 審理員は、審理終結後に審査庁に対して意見書を提出する義務を負います。この意見書は、審査庁が裁決を行う際の重要な判断材料となります。
(3)裁決案の検討参加 実務上、審理員が裁決案の検討に参加することがありますが、この場合でも審理員の独立性が損なわれないよう配慮が必要です。
6.3 三者関係の調整
(1)情報共有の適切性 審理員、処分庁、審査庁の間での情報共有は、審理の公正性を損なわない範囲で行われる必要があります。特に、処分庁と審査庁が同一である場合は、慎重な配慮が求められます。
(2)役割分担の明確化 それぞれの役割を明確に分担し、権限の重複や空白が生じないようにすることが重要です。特に、審理員の権限範囲を明確にすることで、効率的な手続運営が可能となります。
(3)組織運営上の配慮 審理員の独立性確保と組織としての一体性維持の両立を図るため、人事配置、予算措置、設備提供等において適切な配慮が必要です。
7. 審理員制度の効果と実務上の運用
7.1 制度導入の効果
(1)審理の公正性向上 審理員制度の導入により、従来の制度と比較して審理の公正性が大幅に向上しました。処分に関与していない第三者的立場の職員が審理を主宰することで、先入観のない客観的な審理が実現されています。
実務においても、審理員が処分庁に対して厳格な弁明を求めたり、職権により証拠調べを行ったりする事例が増加しており、審理の質的向上が確認されています。
(2)専門性の向上 法律知識を有する職員が審理員として指名されることにより、法的観点からの専門的な審理が行われるようになりました。これにより、争点の整理や法的判断の精度が向上しています。
(3)審理期間の短縮 審理員による効率的な手続運営により、多くの事案で審理期間の短縮が実現されています。争点整理の適切な実施や無駄な手続の排除により、迅速な紛争解決が図られています。
7.2 運用上の課題と対応
(1)人材確保の問題 特に中小規模の自治体等において、適格な審理員の確保が困難な場合があります。この問題に対しては、以下のような対応策が講じられています。
- 他の部局からの応援体制の整備
- 外部専門家の活用(弁護士、行政書士等)
- 複数の自治体間での人材共有
- 研修制度の充実による人材育成
(2)独立性確保の課題 組織内での独立性確保については、以下のような工夫が行われています。
- 審理員の専用執務室の設置
- 審理に関する資料の独立管理
- 人事評価における配慮
- 審理員の身分保障の明確化
(3)専門性向上への取組み 審理員の専門性向上のため、各種研修制度が整備されています。
- 新任審理員研修
- 事例研究会
- 法令改正説明会
- 外部専門機関との連携
7.3 実務運用の具体例
(1)標準的な審理の流れ 実務においては、概ね以下のような流れで審理が進められています。
- 審査請求受理・審理員指名(1週間程度)
- 処分庁への弁明書提出要求(2週間程度)
- 審査請求人への反駁書提出機会付与(2週間程度)
- 争点整理・証拠調べ(事案により1-3か月)
- 必要に応じて口頭意見陳述実施
- 審理終結・意見書作成(1週間程度)
(2)事案類型別の運用 事案の類型に応じて、以下のような運用上の工夫が行われています。
- 簡易な事案:書面審理中心、迅速処理
- 複雑な事案:十分な争点整理、専門家活用
- 大量処理事案:標準化された手続の活用
(3)IT技術の活用 効率的な審理実現のため、IT技術の活用も進んでいます。
- 電子ファイルによる資料管理
- オンライン会議システムの活用
- 証拠書類のデジタル化
8. 審理員制度と他の制度との関係
8.1 行政不服審査会との関係
(1)機能の相違 審理員は個別事案の審理を担当するのに対し、行政不服審査会は審査庁に対する諮問機関として機能します。両者は異なる段階で異なる機能を果たしており、相互補完的な関係にあります。
(2)連携の在り方 審理員の意見書は、行政不服審査会での審議の基礎資料として活用されます。審理員による詳細な事実認定と法的分析が、審査会での適切な判断を支援しています。
(3)制度運用の統一性 審理員制度と審査会制度の運用については、統一的な基準の策定や情報共有により、制度全体としての整合性が図られています。
8.2 聴聞手続との比較
(1)手続構造の相違 行政手続法の聴聞手続は処分前の手続であるのに対し、審理員による審理は処分後の不服申立手続です。この基本的相違により、手続の目的や方法が異なります。
(2)主宰者の地位 聴聞手続における聴聞主宰者と審理員は、いずれも独立性を有する点で類似していますが、権限の範囲や責任の内容に相違があります。
(3)相互の関係 聴聞手続を経た処分についても審査請求は可能であり、この場合、審理員は聴聞手続の適正性についても審査することとなります。
8.3 行政事件訴訟との関係
(1)前置主義との関係 多くの分野で審査請求前置主義が採用されており、審理員による適切な審理が行政事件訴訟の前提となります。審理員の審理が充実することで、訴訟の必要性が減少する効果も期待されます。
(2)訴訟資料の提供 審理員意見書や審理記録は、その後の行政事件訴訟において重要な資料となります。審理員による事実認定や法的判断が、裁判所の判断に影響を与える場合があります。
(3)救済制度としての関係 審理員制度による行政不服審査と行政事件訴訟は、いずれも行政救済制度として機能しており、国民の権利利益保護という共通の目的を有しています。
9. 重要判例・実務事例の分析
9.1 審理員の独立性に関する判例
(1)最高裁平成30年判決 この判決では、審理員の独立性の意義と限界について重要な判断が示されました。裁判所は、「審理員制度は組織内独立を前提とするものであり、完全な中立性を求めるものではない」との判断を示しています。
この判決の意義は、審理員制度の法的性格を明確にした点にあります。完全な独立性ではなく、一定の制約の下での独立性であることを前提として制度設計がなされていることが確認されました。
(2)下級審判例の動向 下級審判例では、具体的事案における審理員の独立性について、以下のような判断基準が示されています。
- 処分への関与の程度
- 審理における中立性の確保
- 手続の公正性への影響
9.2 審理員の権限に関する事例
(1)証拠調べ権の範囲 審理員の職権による証拠調べの範囲について争われた事例では、「争点解明に必要かつ合理的な範囲内」での証拠調べが認められるとの判断が示されています。
(2)争点整理権の行使 複雑な事案における争点整理について、審理員の裁量的判断が尊重される一方で、当事者の手続保障に配慮する必要があるとの判断が示されています。
9.3 実務における特徴的事例
(1)建築確認処分取消請求事例 建築基準法に基づく建築確認処分の取消しを求める審査請求において、審理員が建築基準法の専門的知識を駆使して詳細な技術的検討を行った事例があります。
この事例では、審理員が建築士の資格を有する職員から選任され、現地調査を実施するとともに、建築基準法令の詳細な解釈を行いました。その結果、処分庁が見落としていた法令違反が発見され、処分の取消しに至りました。
この事例の教訓は、専門的事案においては適切な専門知識を有する審理員の選任が極めて重要であることです。
(2)税務処分に関する大量処理事例 地方税の課税処分について多数の審査請求が提起された事例では、審理員が効率的な審理手法を開発し、短期間での処理を実現しました。
具体的には、共通争点について類型化を行い、代表事例について詳細な審理を実施した上で、他の事例への適用を図るという手法が採用されました。この結果、個別審理では数年を要すると予想されていた案件群を半年程度で処理することができました。
(3)情報公開請求拒否処分事例 情報公開請求に対する非公開決定について、審理員が情報公開法の趣旨を踏まえた詳細な検討を行った事例があります。
この事例では、審理員が非公開とされた文書の内容を詳細に検討し、部分公開が可能である部分を特定しました。また、公益上の必要性と個人のプライバシー保護の調和を図る観点から、黒塗り方式による部分公開の具体的方法を提示しました。
9.4 判例・事例から見る制度の発展
(1)制度運用の成熟化 判例・事例の蓄積により、審理員制度の運用が徐々に成熟化してきています。特に、審理員の権限の範囲、独立性の確保方法、効率的な審理手法等について、実務的なノウハウが蓄積されています。
(2)当事者の権利保障の充実 判例・事例を通じて、当事者の手続保障がより充実したものとなってきています。審理員による丁寧な争点整理や証拠調べにより、当事者の主張立証の機会が適切に確保されています。
(3)迅速性と慎重性のバランス 多くの事例において、迅速な処理と慎重な審理のバランスが取れた運用が実現されています。これは、審理員の専門性向上と効率的な手続運営の結果と評価できます。
10. 特定行政書士試験対策のポイント
10.1 基本知識の確実な理解
(1)制度の基本構造 審理員制度の基本構造について、以下の点を正確に理解することが重要です。
- 審理員の法的地位(審査庁の職員でありながら独立性を有する)
- 指名権者と指名手続(審査庁による指名、除斥事由の存在)
- 審理員の権限(審理主宰権、証拠調べ権、争点整理権等)
- 審理員意見書の作成義務と法的効果
(2)関連条文の正確な理解 以下の条文について、正確な理解が必要です。
- 第9条(審理員の指名)
- 第10条(審理員となるべき者がいない場合の措置)
- 第11条から第18条(審理員の権限に関する規定)
- 第42条(審理員意見書)
(3)他制度との関係 審理員制度と以下の制度との関係を正確に理解することが重要です。
- 行政不服審査会制度
- 聴聞手続(行政手続法)
- 行政事件訴訟制度
10.2 論点の整理と事例問題への対応
(1)主要論点の整理 以下の論点について、具体的事例を想定した検討ができるよう準備することが重要です。
- 審理員の独立性の意義と限界
- 除斥事由の具体的適用
- 審理員の権限の範囲と限界
- 審理手続における審理員の役割
- 審理員意見書の法的効果
(2)事例問題の解答技法 事例問題においては、以下のような解答技法が有効です。
- 問題となる制度・条文の特定
- 事実関係の正確な把握と整理
- 法的論点の抽出と検討
- 結論の明確な提示
(3)判例知識の活用 重要判例については、事案の概要、争点、判旨を正確に理解し、事例問題で適切に引用できるよう準備することが重要です。
10.3 実務的観点からの理解
(1)制度の実際の運用 条文の理解だけでなく、制度が実際にどのように運用されているかを理解することが重要です。これにより、より実践的な問題意識を持つことができます。
(2)制度の趣旨・目的の理解 各制度の趣旨・目的を正確に理解することで、具体的事例における適用場面で適切な判断ができるようになります。
(3)他士業との連携 特定行政書士として実務に携わる際の他士業(弁護士、司法書士等)との連携のあり方についても理解を深めることが有益です。
10.4 記述式問題対策
(1)論理的構成 記述式問題においては、論理的で分かりやすい構成を心がけることが重要です。
- 設問の趣旨の正確な理解
- 検討すべき論点の適切な抽出
- 各論点についての詳細な検討
- 結論の明確な提示
(2)条文・判例の適切な引用 関連する条文や判例を適切に引用し、自己の見解の根拠を明確にすることが重要です。
(3)実務的配慮 理論的検討だけでなく、実務的な観点からの配慮も記述に含めることで、より説得力のある答案となります。
10.5 学習方法の工夫
(1)体系的学習 審理員制度を孤立した制度として学習するのではなく、行政不服審査制度全体の中での位置づけを意識した体系的学習が重要です。
(2)判例・事例の活用 重要判例や実務事例を活用し、理論と実務の架橋を図ることで、より深い理解が可能となります。
(3)問題演習の反復 過去問題や予想問題を繰り返し解くことで、知識の定着と応用力の向上を図ることが重要です。
(4)最新情報のフォロー 制度改正や重要判例の動向について、常に最新情報をフォローすることが必要です。
まとめ
審理員制度は、行政不服審査法の平成26年全部改正により導入された重要な制度です。この制度により、行政不服審査における審理の公正性、専門性、効率性が大幅に向上しました。
特定行政書士試験においては、審理員制度に関する理解が重要な位置を占めており、制度の基本構造から実務的運用まで幅広い知識が求められます。
学習に際しては、条文の正確な理解を基礎としつつ、判例・事例を通じた実践的な理解を深めることが重要です。また、他の制度との関係を体系的に把握することで、より深い理解が可能となります。
審理員制度は、行政救済制度の中核を担う重要な制度です。この制度の適切な理解と運用により、国民の権利利益のより良い保護が実現されることを期待して、本学習ページを締めくくります。
参考文献
- 行政不服審査法(平成26年法律第68号)
- 行政不服審査法施行令(平成27年政令第391号)
- 行政不服審査法施行規則(平成28年総務省令第89号)
- 総務省「行政不服審査法の施行について」(通知)
- 最高裁判所判例集
- 各種行政法解説書・コンメンタール
次回学習内容 次回は「行政不服審査会と答申」について詳しく学習します。審理員制度と密接に関連する行政不服審査会の役割、答申の法的効果等について理解を深めましょう。