行政事件訴訟の種類 - 特定行政書士試験学習ガイド
はじめに
行政事件訴訟法は、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟について定めた法律です。これまで学習した行政法総論、行政手続法、行政不服審査法の知識を基礎として、司法による行政統制の仕組みを理解することが重要です。
行政不服審査法が行政内部における救済手続を定めているのに対し、行政事件訴訟法は司法府による外部統制の手続を規定しています。特定行政書士試験では、行政事件訴訟の種類とその特徴を正確に理解し、実務において適切な訴訟類型を選択できる能力が求められます。
本章では、行政事件訴訟の全体像を把握し、各訴訟類型の要件・効果・相互関係を体系的に学習します。
1. 行政事件訴訟法の基本構造
1.1 行政事件訴訟法の目的
行政事件訴訟法第1条は、「この法律は、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟について、民事訴訟の例によることを基本としつつ、行政事件訴訟の特殊性にかんがみ、行政庁の違法な公権力の行使から国民の権利利益を救済するとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする」と規定しています。
この規定から、行政事件訴訟法は以下の二つの目的を有することがわかります。
(1)権利救済機能 国民の権利利益が行政庁の違法な公権力の行使によって侵害された場合に、これを救済すること。
(2)客観的違法統制機能 行政の適正な運営を確保することにより、法治行政を実現すること。
1.2 民事訴訟法との関係
行政事件訴訟は、民事訴訟の例によることを基本としつつ、行政事件訴訟の特殊性に配慮した特別な規定を設けています。行政事件訴訟法に特別な定めがない事項については、民事訴訟法が適用されます(行政事件訴訟法第7条)。
1.3 行政事件訴訟と行政不服審査の関係
行政不服審査と行政事件訴訟は、いずれも行政庁の公権力の行使に対する不服申立制度ですが、以下の相違点があります。
行政不服審査
- 行政内部における救済手続
- 簡易・迅速・無料
- 事実認定・法的判断の両面からの審査
- 審査庁の裁量的判断の余地が大きい
行政事件訴訟
- 司法による外部統制
- 厳格な手続・費用負担あり
- 主として法的判断に関する審査
- 裁判所の客観的・中立的判断
両者は原則として選択的関係にあり、不服審査前置主義は例外的な場合に限られます。
2. 行政事件訴訟の種類(概観)
行政事件訴訟法第3条は、行政事件訴訟を以下の6つの類型に分類しています。
2.1 抗告訴訟(第1項)
- 処分の取消しの訴え(取消訴訟)
- 裁決の取消しの訴え
- 無効等確認の訴え
- 不作為の違法確認の訴え
- 義務付けの訴え
- 差止めの訴え
2.2 当事者訴訟(第2項)
公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟で、抗告訴訟に該当しないもの。
2.3 民衆訴訟(第3項)
国又は公共団体の機関の法律に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの。
2.4 機関訴訟(第4項)
国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又は行使に関する紛争についての訴訟。
このうち、実務上最も重要なのは抗告訴訟であり、特に処分の取消しの訴えは行政事件訴訟の中核をなしています。
3. 抗告訴訟各論
3.1 処分の取消しの訴え(取消訴訟)
3.1.1 意義と性質
処分の取消しの訴えは、行政庁の処分の取消しを求める訴訟です(行政事件訴訟法第3条第1項第1号)。行政事件訴訟の中核をなし、実務上最も頻繁に利用される訴訟類型です。
この訴訟は以下の性質を有します。
(1)形成訴訟 処分の効力を否定し、法律関係を形成する訴訟です。
(2)主観訴訟 原告の権利利益の救済を主たる目的とする訴訟です。
(3)事後的救済 処分が行われた後に、その適法性を争う事後的な救済手段です。
3.1.2 訴訟要件
処分の取消しの訴えを提起するためには、以下の要件を満たす必要があります。
(1)処分性 取消しの対象となる行政庁の行為が「処分」に該当することが必要です。処分とは、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」をいいます(行政事件訴訟法第3条第2項)。
処分性の判断基準は以下のとおりです。
- 行政庁が行う行為であること
- 公権力の行使に当たること
- 国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められるものであること(最高裁平成17年7月15日判決)
(2)原告適格 原告が当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者であることが必要です(行政事件訴訟法第9条第1項)。
原告適格の判断は、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、原告適格が認められます(最高裁平成17年12月7日判決・小田急線連続立体交差事業認可取消請求事件)。
(3)訴えの利益 現に処分の効力によって権利利益を侵害され、その回復を訴訟により求める法律上の利益があることが必要です。処分が撤回されたり、取消しを求める法律上の利益が消滅した場合には、訴えの利益は失われます。
(4)出訴期間 処分があったことを知った日から6月以内、処分があった日から1年以内に訴えを提起することが必要です(行政事件訴訟法第14条第1項)。
(5)不服申立前置 法律に当該処分についての審査請求に関する定めがあるときは、原則として審査請求を経た後でなければ取消しの訴えを提起することができません(行政事件訴訟法第8条第1項)。ただし、例外的に審査請求を経ないで取消しの訴えを提起することができる場合があります(同条第2項)。
3.1.3 判決の効力
取消判決が確定すると、処分は遡及的に無効となります(行政事件訴訟法第33条第1項)。また、取消判決は関係行政庁を拘束し(同条第2項)、第三者効を有します(同条第1項)。
3.2 裁決の取消しの訴え
3.2.1 意義
裁決の取消しの訴えは、審査請求に対する裁決の取消しを求める訴訟です(行政事件訴訟法第3条第1項第2号)。
3.2.2 特色
この訴訟は以下の特色を有します。
(1)原処分主義 裁決の取消訴訟においては、審査請求の対象となった処分(原処分)についても、裁決と併せて取消しを求めることができます(行政事件訴訟法第10条第1項)。
(2)出訴期間 裁決があったことを知った日から6月以内に訴えを提起することが必要です(行政事件訴訟法第14条第2項)。
3.3 無効等確認の訴え
3.3.1 意義
無効等確認の訴えは、処分若しくは裁決の効力の有無又はその他の法律関係の確認を求める訴訟です(行政事件訴訟法第3条第1項第3号)。
3.3.2 提起要件
無効等確認の訴えは、以下の場合に限り提起することができます(行政事件訴訟法第36条)。
(1)処分若しくは裁決が無効であることの確認を求める場合 当該処分若しくは裁決の無効であることが明白であること、かつ、現に法律上の利益を有すること。
(2)処分若しくは裁決の不存在の確認を求める場合 当該処分若しくは裁決の不存在を確認する法律上の利益を有すること。
(3)その他の法律関係の確認を求める場合 当該法律関係の確認を求める法律上の利益を有すること。
3.3.3 取消訴訟との関係
処分の無効確認を求める場合であっても、取消訴訟を提起することができ、かつ、取消訴訟によって目的を達することができるときは、無効確認訴訟を提起することはできません(行政事件訴訟法第36条但書)。これを補充性の原則といいます。
3.4 不作為の違法確認の訴え
3.4.1 意義
不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟です(行政事件訴訟法第3条第1項第4号)。
3.4.2 提起要件
不作為の違法確認の訴えは、以下の要件を満たす場合に提起することができます(行政事件訴訟法第37条)。
(1)法令に基づく申請 行政庁に対して何らかの処分を求める申請が法令に基づくものであること。
(2)相当期間の経過 申請から相当の期間が経過していること。
(3)不作為 行政庁が当該申請に対して何らかの処分をしていないこと。
3.4.3 効果
不作為違法確認判決が確定しても、行政庁に処分をすることを義務付ける効果はありません。判決は、行政庁の不作為が違法であることを確認するにとどまります。
3.5 義務付けの訴え
3.5.1 意義と類型
義務付けの訴えは、行政庁に対して一定の処分をすべきことを命ずることを求める訴訟です(行政事件訴訟法第3条第1項第5号)。
平成16年改正により新設された訴訟類型で、以下の2つに分類されます。
(1)申請型義務付け訴訟(第37条の2第1項) 法令に基づく申請又は審査請求に対し、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求める訴訟。
(2)非申請型義務付け訴訟(第37条の2第2項) 申請に基づかないで、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求める訴訟。
3.5.2 申請型義務付け訴訟の要件
(1)法令に基づく申請 申請が法令に基づくものであること。
(2)申請に対する処分 行政庁が申請に対して何らかの処分をすべきこと。
(3)要件該当性 以下のいずれかの要件に該当すること(行政事件訴訟法第37条の2第1項)。
- 行政庁が申請を却下し又は棄却する処分をした場合
- 行政庁が申請に対し相当の期間内に何らかの処分をしない場合
3.5.3 非申請型義務付け訴訟の要件
非申請型義務付け訴訟は、以下の場合に限り提起することができます(行政事件訴訟法第37条の2第2項)。
(1)重大な損害回避の必要性 一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあること。
(2)損害回避の緊急の必要性 損害を避けるため緊急の必要があること。
(3)他に適当な方法がないこと 他に適当な方法がないこと。
3.5.4 併合提起
義務付けの訴えは、多くの場合、処分の取消しの訴えと併合して提起されます(行政事件訴訟法第37条の3)。
3.6 差止めの訴え
3.6.1 意義
差止めの訴えは、行政庁が一定の処分をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟です(行政事件訴訟法第3条第1項第6号)。
平成16年改正により新設された予防的救済を目的とする訴訟類型です。
3.6.2 提起要件
差止めの訴えは、以下の要件を満たす場合に限り提起することができます(行政事件訴訟法第37条の4第1項)。
(1)処分がされることの蓋然性 一定の処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること。
(2)重大な損害の発生 処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること。
(3)損害回避の緊急の必要性 損害を避けるため緊急の必要があること。
(4)他に適当な方法がないこと 他に適当な方法がないこと。
3.6.3 仮の差止め
差止めの訴えが提起された場合において、その訴訟の結果を待つことにより生ずることがあるかもしれない重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は仮の差止めを命ずることができます(行政事件訴訟法第37条の5第1項)。
4. 当事者訴訟
4.1 意義
当事者訴訟は、公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟で、抗告訴訟に該当しないものです(行政事件訴訟法第3条第2項)。
4.2 種類
当事者訴訟には以下の2つの類型があります。
(1)形式的当事者訴訟 法令の規定により裁判所において審理判断する当事者訴訟として提起される訴訟(行政事件訴訟法第4条前段)。
例:公職選挙法に基づく選挙無効訴訟、土地収用法に基づく収用委員会の裁決に関する訴訟等。
(2)実質的当事者訴訟 公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟(行政事件訴訟法第4条後段)。
例:公務員の地位確認訴訟、税務署長の更正処分の無効確認訴訟等。
4.3 抗告訴訟との区別
当事者訴訟と抗告訴訟の区別は、処分性の有無により決定されます。処分性が認められる場合は抗告訴訟となり、処分性が認められない場合は当事者訴訟となります。
5. 民衆訴訟
5.1 意義
民衆訴訟は、国又は公共団体の機関の法律に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものです(行政事件訴訟法第3条第3項)。
5.2 特色
(1)客観訴訟 個人の権利利益の救済ではなく、客観的な法秩序の維持を目的とする訴訟です。
(2)法定主義 法律に定めがある場合に限り提起することができます(行政事件訴訟法第5条)。
5.3 主な例
- 地方自治法に基づく住民訴訟(地方自治法第242条の2)
- 公職選挙法に基づく選挙無効訴訟(公職選挙法第207条等)
6. 機関訴訟
6.1 意義
機関訴訟は、国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又は行使に関する紛争についての訴訟です(行政事件訴訟法第3条第4項)。
6.2 特色
(1)機関相互間の争い 国や地方公共団体の機関が当事者となる訴訟です。
(2)法定主義 法律に定めがある場合に限り提起することができます(行政事件訴訟法第6条)。
6.3 主な例
現在のところ、機関訴訟について定めた法律は存在しません。
7. 行政事件訴訟の類型選択
7.1 訴訟類型選択の重要性
行政事件訴訟においては、適切な訴訟類型を選択することが極めて重要です。訴訟類型を誤ると、訴えが却下されるおそれがあります。
7.2 主要な選択基準
(1)処分性の有無 行政庁の行為に処分性が認められる場合は抗告訴訟、認められない場合は当事者訴訟となります。
(2)救済の内容
- 処分の効力を争う場合:取消訴訟又は無効確認訴訟
- 行政庁の不作為を争う場合:不作為違法確認訴訟又は義務付け訴訟
- 将来の処分を予防する場合:差止訴訟
(3)時期的要素
- 処分後の救済:取消訴訟、無効確認訴訟
- 処分前の予防:差止訴訟
7.3 併合提起
複数の訴訟類型を併合して提起することができます。実務では、処分の取消しの訴えと義務付けの訴えを併合提起することが多く見られます。
8. 執行停止・仮の救済
8.1 執行停止制度
8.1.1 意義
執行停止は、処分の取消しの訴えが提起された場合において、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を停止する制度です(行政事件訴訟法第25条)。
8.1.2 要件
執行停止は、以下の要件を満たす場合に認められます。
(1)回復困難な損害を避けるため緊急の必要性 処分の効力により回復困難な損害が生ずるおそれがあり、これを避けるため緊急の必要があること(行政事件訴訟法第25条第2項)。
(2)公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがないこと 執行停止により本案について理由があるとみえる場合を除き、処分の効力の停止により公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがないこと(同項)。
8.2 仮の救済
8.2.1 仮の義務付け
義務付けの訴えが提起された場合において、その訴訟の結果を待つことにより生ずることがあるかもしれない重大な損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、本案について理由があるとみえるときは、裁判所は仮の義務付けを命ずることができます(行政事件訴訟法第37条の5第2項)。
8.2.2 仮の差止め
差止めの訴えが提起された場合において、その訴訟の結果を待つことにより生ずることがあるかもしれない重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は仮の差止めを命ずることができます(行政事件訴訟法第37条の5第1項)。
9. 判決の種類と効力
9.1 判決の種類
行政事件訴訟の判決には以下の種類があります。
(1)認容判決 原告の請求を認める判決。
(2)棄却判決 原告の請求を棄却する判決。
(3)却下判決 訴訟要件を欠くとして訴えを却下する判決。
9.2 取消判決の効力
9.2.1 形成力
取消判決が確定すると、当該処分は遡及的に無効となります(行政事件訴訟法第33条第1項)。
9.2.2 拘束力
取消判決は関係行政庁を拘束します(行政事件訴訟法第33条第2項)。行政庁は判決の趣旨に従い、必要な措置を講じなければなりません。
9.2.3 第三者効
取消判決は第三者に対しても効力を有します(行政事件訴訟法第33条第1項)。
9.3 義務付け判決・差止判決の効力
義務付け判決が確定すると、行政庁は判決で命じられた処分をしなければなりません。差止判決が確定すると、行政庁は判決で禁止された処分をしてはなりません。
10. 特定行政書士との関連
10.1 特定行政書士の役割
特定行政書士は、行政書士法第1条の3第1項第4号に規定する業務(行政不服審査法に基づく審査請求等の手続について代理すること)を行うことができます。
行政事件訴訟の知識は、以下の点で特定行政書士業務と密接に関連しています。
(1)救済手段の選択 依頼者の権利利益を効果的に救済するため、行政不服審査と行政事件訴訟のいずれが適切かを判断する必要があります。
(2)出訴期間の管理 行政事件訴訟には厳格な出訴期間が定められており、これを踏まえた適切な助言が必要です。
(3)連携の必要性 行政事件訴訟については弁護士が担当することになりますが、行政不服審査から行政事件訴訟への移行を見据えた対応が重要です。
10.2 実務上の留意点
特定行政書士が実務を行う上で留意すべき点は以下のとおりです。
(1)訴訟類型の理解 各訴訟類型の要件・効果を正確に理解し、依頼者に適切な助言を行うこと。
(2)期間管理 審査請求の期間と出訴期間の関係を正確に把握し、権利の消滅を防ぐこと。
(3)弁護士との連携 必要に応じて適切な弁護士を紹介し、円滑な引継ぎを行うこと。
11. 重要判例の紹介
11.1 処分性に関する判例
最高裁平成17年7月15日第三小法廷判決(建築基準法に基づく建築確認)
建築確認について、「建築主事の建築確認は、建築計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査し、適合すると認められる場合になされるものであるが、建築確認の効果として、建築主は、確認を受けた建築計画に従って建築物を建築することができ、また、建築主事は、建築基準法に基づく是正命令等をなし得ないこととなる。建築確認は、このように、建築主の法的地位に直接影響を与える処分」であるとして、処分性を肯定しました。
11.2 原告適格に関する判例
最高裁平成17年12月7日第一小法廷判決(小田急線連続立体交差事業認可取消請求事件)
都市計画法に基づく事業認可について、沿線住民の原告適格を認めました。この判決は、原告適格の判断において、当該法令が個別的利益を保護する趣旨を含むかどうかを、法令の趣旨・目的や規定の文言・構造等を考慮して判断する基準を示したものです。
11.3 無効と取消しの区別に関する判例
最高裁昭和48年4月26日第一小法廷判決
「行政行為が無効であるのは、行政行為に重大かつ明白な瑕疵がある場合に限られ、瑕疵が重大であっても、それが外観上明白でない場合には、当該行政行為は有効であって、取消しの対象となりうるものと解すべきである」と判示し、無効と取消しの区別基準を明確にしました。
11.4 不作為に関する判例
最高裁昭和63年12月16日第二小法廷判決(伊達火力発電所事件)
電源開発調整審議会による電源開発基本計画の変更について、「電源開発基本計画に火力発電所建設計画を組み入れることは、右計画の法的性質からみて、行政庁の第一次的判断に委ねられた事項であり、司法審査の対象とはならない」として、不作為違法確認の訴えを却下しました。
12. 平成16年改正の意義
12.1 改正の背景
平成16年の行政事件訴訟法改正は、国民の権利救済の充実と行政の適正な運営の確保を図ることを目的として行われました。従来の行政事件訴訟制度では、事後的救済に重点が置かれ、予防的救済や積極的救済の手段が不十分であったことが指摘されていました。
12.2 主要な改正内容
(1)義務付け訴訟の創設 行政庁に対して一定の処分を命ずることを求める義務付け訴訟が新設されました。これにより、行政庁の不作為に対してより実効性のある救済が可能となりました。
(2)差止訴訟の創設 行政庁が一定の処分をしてはならないことを求める差止訴訟が新設されました。これにより、事前的・予防的救済が可能となりました。
(3)原告適格の拡大 原告適格の判断に当たり考慮すべき事項が明文化され(行政事件訴訟法第9条第2項)、原告適格の範囲の拡大が図られました。
(4)仮の救済制度の拡充 仮の義務付け及び仮の差止めの制度が新設され、暫定的救済の充実が図られました。
12.3 改正の意義と課題
改正により国民の権利救済の選択肢は大幅に拡大しましたが、実務においては以下の課題も指摘されています。
(1)要件の厳格性 義務付け訴訟や差止訴訟の要件は比較的厳格であり、実際の利用には制約があります。
(2)立証の困難性 「重大な損害」や「緊急の必要性」等の要件の立証は容易ではありません。
(3)行政庁の対応 新たな訴訟類型に対する行政庁の対応や理解にはばらつきがあります。
13. 国際比較からの示唆
13.1 ドイツ法の影響
日本の行政事件訴訟制度は、ドイツ行政裁判所法の影響を強く受けています。ドイツでは以下の訴訟類型が存在します。
(1)取消訴訟(Anfechtungsklage) 行政行為の取消しを求める訴訟で、日本の取消訴訟に相当します。
(2)確認訴訟(Feststellungsklage) 法律関係の存否の確認を求める訴訟で、日本の無効確認訴訟等に相当します。
(3)給付訴訟(Leistungsklage) 行政庁の積極的な作為を求める訴訟で、日本の義務付け訴訟に相当します。
(4)不作為訴訟(Untätigkeitsklage) 行政庁の不作為に対する訴訟で、日本の不作為違法確認訴訟に相当します。
13.2 フランス法との比較
フランスの行政訴訟は、越権訴訟(recours pour excès de pouvoir)と完全管轄訴訟(recours de pleine juridiction)に大別されます。越権訴訟は主として適法性の統制を目的とし、完全管轄訴訟は権利救済を目的とします。
13.3 アメリカ法との比較
アメリカでは、連邦行政手続法(APA)に基づく司法審査制度があります。日本と異なり、訴訟類型の区別は明確ではなく、より柔軟な救済が認められています。
14. 行政事件訴訟の今後の課題
14.1 利用促進のための課題
(1)訴訟要件の緩和 原告適格や出訴期間等の訴訟要件について、さらなる緩和が必要との指摘があります。
(2)費用負担の軽減 行政事件訴訟の費用負担を軽減し、国民の司法アクセスを向上させることが課題です。
(3)専門性の確保 行政事件の専門性に対応した裁判体制の充実が求められています。
14.2 実効性確保のための課題
(1)判決の実現 取消判決等が確定した場合の行政庁による適切な後続措置の確保が重要です。
(2)迅速な解決 行政事件訴訟の迅速な解決により、権利救済の実効性を高めることが必要です。
(3)和解の活用 訴訟上の和解の積極的活用により、紛争の早期解決を図ることが重要です。
15. 特定行政書士試験における出題傾向
15.1 重要論点
特定行政書士試験では、以下の論点が重要です。
(1)処分性の判断基準 具体的事例について処分性の有無を判断する問題が頻出します。
(2)原告適格の判断 法律上の利益の有無に関する判断基準の理解が重要です。
(3)訴訟類型の選択 事案に応じた適切な訴訟類型の選択に関する問題が出題されます。
(4)出訴期間 各訴訟類型の出訴期間に関する正確な理解が必要です。
(5)判決の効力 各種判決の効力に関する理解が重要です。
15.2 学習のポイント
(1)体系的理解 各訴訟類型の相互関係を体系的に理解することが重要です。
(2)判例の理解 重要判例の内容と判断基準を正確に理解することが必要です。
(3)実務的視点 特定行政書士としての実務的視点から制度を理解することが重要です。
(4)他制度との関連 行政不服審査法や行政手続法等の他制度との関連を理解することが必要です。
16. 演習問題
問題1
A市は、B社に対して建築基準法違反を理由とする建物除却命令を発した。B社は当該処分に不服があるが、どのような救済手段が考えられるか。各救済手段の要件と効果を説明せよ。
問題2
C町は、Dさんの開発許可申請に対して6か月間何らの処分もしていない。Dさんはどのような訴訟を提起することができるか。また、その要件と効果について説明せよ。
問題3
E県は、F社の産業廃棄物処理施設設置許可申請について許可処分をしようとしている。周辺住民Gさんは、当該許可処分により健康被害を受けるおそれがあるとして、処分の差止めを求めたいと考えている。差止訴訟の要件について説明せよ。
まとめ
行政事件訴訟法は、行政庁の公権力の行使に対する司法による統制制度を定めた重要な法律です。平成16年改正により義務付け訴訟と差止訴訟が新設され、国民の権利救済の選択肢は大幅に拡大しました。
特定行政書士として実務を行う上では、各訴訟類型の要件・効果を正確に理解し、依頼者にとって最も適切な救済手段を助言できる能力が求められます。また、行政不服審査制度との関係を踏まえ、総合的な視点から権利救済のあり方を検討することが重要です。
次回は「訴えの提起要件」について詳しく学習し、原告適格、訴えの利益、出訴期間等の具体的要件について理解を深めていきます。これらの要件は、適切な訴訟戦略を立てる上で不可欠な知識となりますので、本章で学習した訴訟類型の基礎知識を前提として、さらに詳細な検討を行っていきます。
学習のポイント
- 各訴訟類型の要件と効果を正確に理解する
- 訴訟類型相互の関係と使い分けを把握する
- 平成16年改正の意義と新設された制度の特色を理解する
- 重要判例の内容と判断基準を習得する
- 特定行政書士実務における活用方法を考える
参考条文
- 行政事件訴訟法第3条~第6条(訴訟の類型)
- 行政事件訴訟法第7条~第13条(管轄・移送)
- 行政事件訴訟法第14条~第24条(出訴期間・当事者等)
- 行政事件訴訟法第25条~第35条(執行停止・審理・判決)
- 行政事件訴訟法第36条~第38条(各訴訟類型の特則)