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民事訴訟と行政事件訴訟の比較 - 特定行政書士試験学習ガイド

はじめに

特定行政書士として実務に携わる際、民事訴訟と行政事件訴訟の相違点を正確に理解することは極めて重要です。前回まで学習した要件事実論や弁論主義、立証責任の分配は、両訴訟制度に共通する基本概念でしたが、これらの概念が実際にどのように適用されるかは、訴訟の性質によって大きく異なります。

本章では、民事訴訟と行政事件訴訟の根本的な違いから始まり、訴訟構造、証明責任の配分、審理方式、救済方法まで、実務上重要な相違点を体系的に検討します。これらの理解は、次回以降学習する事実認定の重要性や証拠評価の問題にも直結する基礎知識となります。

第1節 両訴訟制度の基本構造の相違

1.1 訴訟の性質と目的

民事訴訟の性質

民事訴訟は、私人間の権利義務関係に関する紛争を解決する制度です。その特徴は以下の通りです:

  • 対等当事者間の紛争解決:当事者は対等な立場にあり、裁判所は中立的な立場から紛争を解決します
  • 私的自治の原則:当事者の意思を尊重し、処分権主義が採用されています
  • 権利救済機能:侵害された私権の回復・確認が主たる目的です
  • 過去志向的性格:既に発生した事実関係に基づく権利義務の確定が中心となります

行政事件訴訟の性質

これに対し、行政事件訴訟は行政庁の公権力の行使に関する紛争を解決する制度であり、以下の特徴を有します:

  • 権力関係の是正:行政庁と私人との間の権力関係における紛争を扱います
  • 公共の福祉との調和:個人の権利救済と公共の福祉との調整が求められます
  • 適法性統制機能:行政活動の適法性をチェックする客観的機能を担います
  • 将来志向的性格:現在・将来の行政活動の適法性確保も重要な目的となります

1.2 当事者の地位と役割

民事訴訟における当事者

民事訴訟では、原告・被告ともに私人であり、以下の特徴があります:

  • 対等性:当事者は法的に対等な地位に立ちます
  • 処分権:訴えの提起、取下げ、和解等について完全な処分権を有します
  • 主張立証責任:自己に有利な事実について主張立証責任を負います
  • 証拠収集:主として当事者が証拠収集を行います

行政事件訴訟における当事者

行政事件訴訟では、行政庁が被告となることが多く、特殊性があります:

  • 非対等性:行政庁は公権力行使の主体として特別な地位にあります
  • 職権調査義務:行政庁には事実関係を明らかにする職権調査義務があります
  • 情報の偏在:行政庁側に処分の根拠となる情報が集中しています
  • 公益性の考慮:行政庁は公共の利益を代表する立場にあります

第2節 訴訟類型と救済方法の比較

2.1 民事訴訟の訴訟類型

民事訴訟法は、以下の基本的な訴訟類型を規定しています:

給付の訴え

  • 金銭給付請求:損害賠償、売買代金請求等
  • 物の給付請求:不動産引渡し、動産引渡し等
  • 作為・不作為請求:建物収去、営業差止め等

確認の訴え

  • 積極的確認:所有権確認、債権存在確認等
  • 消極的確認:債務不存在確認等

形成の訴え

  • 離婚の訴え
  • 取消しの訴え(意思表示の取消し等)

2.2 行政事件訴訟の訴訟類型

行政事件訴訟法は、より多様で複雑な訴訟類型を規定しています:

抗告訴訟

取消訴訟

  • 行政処分の取消しを求める最も基本的な訴訟類型
  • 処分の違法性を争うことが中心
  • 原則として処分後6か月以内の出訴期間制限

無効等確認訴訟

  • 行政処分の無効確認を求める訴訟
  • 重大明白な瑕疵がある場合に利用
  • 出訴期間の制限なし

不作為の違法確認訴訟

  • 行政庁の不作為の違法性確認を求める訴訟
  • 申請から相当期間経過後に提起可能

義務付け訴訟

  • 行政庁に一定の処分を義務付ける訴訟
  • 申請型と非申請型に分類

差止訴訟

  • 行政庁の処分を事前に差し止める訴訟
  • 重大な損害回避のため

当事者訴訟

  • 公法上の法律関係確認訴訟
  • 機関訴訟

民衆訴訟・機関訴訟

  • 選挙訴訟、住民訴訟等

2.3 救済方法の相違点

民事訴訟の救済

民事訴訟における救済は、主として以下の形態をとります:

  • 損害賠償:金銭による損害の填補
  • 原状回復:可能な限り権利侵害前の状態への復帰
  • 将来に向けた救済:差止請求による将来の侵害防止
  • 確認による救済:法的地位の確定による紛争解決

これらの救済は、主として私権の回復を目的とし、当事者間の公平な解決を図ります。

行政事件訴訟の救済

行政事件訴訟における救済は、より複雑で限定的な側面があります:

  • 取消し:違法な行政処分の効力を遡及的に消滅させる
  • 無効確認:重大明白な瑕疵ある処分の無効性確認
  • 義務付け:行政庁に対する作為義務の確定
  • 差止め:処分の事前差止めによる権利侵害の防止

ただし、行政事件訴訟では以下の制約があります:

  • 第三者効:取消判決は第三者に対しても効力を有する
  • 拘束力:行政庁は判決に拘束される
  • 代執行制度:判決の実現について特別な制度が存在
  • 国家賠償との関係:違法な行政処分による損害は別途国家賠償請求が必要

第3節 証明責任(立証責任)の配分における相違

3.1 民事訴訟における証明責任

前章で学習した立証責任の分配理論は、民事訴訟において以下のように適用されます:

法律要件分類説の適用

民事訴訟では、法律要件分類説に基づき、以下のように証明責任が配分されます:

  • 権利根拠事実:権利を主張する当事者が証明責任を負う
  • 権利障害事実:相手方が証明責任を負う
  • 権利消滅事実:相手方が証明責任を負う

例えば、売買契約に基づく代金請求訴訟では:

  • 原告:売買契約の成立(権利根拠事実)を証明
  • 被告:契約の無効・取消し(権利障害事実)、弁済・相殺等(権利消滅事実)を証明

危険領域説の適用

証拠の偏在する分野では、危険領域説により証明責任の転換が図られます:

  • 医療過誤訴訟:医師側により近い事実の証明責任軽減
  • 製造物責任:メーカー側の安全性立証責任
  • 公害訴訟:因果関係の推定理論

3.2 行政事件訴訟における証明責任

行政事件訴訟では、訴訟類型により証明責任の配分が大きく異なります:

取消訴訟における証明責任

取消訴訟では、以下の特殊な証明責任配分があります:

違法事由の主張立証

  • 原告:取消事由(違法事由)の存在を主張立証
  • 被告(行政庁):処分の適法性を基礎付ける事実を立証

処分要件事実の立証

  • 行政庁:処分の根拠となる要件事実の存在を立証
  • 原告:要件事実の不存在や瑕疵を主張立証

裁量処分における立証

  • 行政庁:裁量権行使の合理性を基礎付ける事実を立証
  • 原告:裁量権の逸脱・濫用を基礎付ける事実を立証

義務付け訴訟における証明責任

義務付け訴訟では、さらに複雑な証明責任配分となります:

  • 原告:申請要件充足事実を証明
  • 原告:義務付けの必要性を証明
  • 被告:拒否処分の適法性や裁量権行使の合理性を証明

3.3 情報偏在の問題と対応

民事訴訟での対応

民事訴訟では、情報偏在の問題に対し以下の制度で対応します:

  • 文書提出命令:民事訴訟法220条以下
  • 調査嘱託:民事訴訟法186条
  • 鑑定:民事訴訟法212条以下
  • 証明責任の軽減:一応の推定理論等

行政事件訴訟での対応

行政事件訴訟では、より積極的な制度が設けられています:

  • 釈明処分の活用:行政事件訴訟法23条の2
  • 職権証拠調べ:職権探知主義の適用
  • 文書提出命令の特則:行政機関の保有する文書への特別な配慮
  • 争点整理の充実:争点及び証拠の整理手続きの活用

第4節 審理方式と手続きの相違

4.1 審理の基本原則

民事訴訟の審理原則

民事訴訟では、以下の原則に基づいて審理が進められます:

弁論主義

  • 第一テーゼ:当事者が主張しない事実は判決の基礎とできない
  • 第二テーゼ:当事者間に争いのない事実は証拠調べを要しない
  • 第三テーゼ:証拠申出のない証拠は取り調べることができない

処分権主義

  • 当事者による訴訟の開始、審判対象の特定、訴訟の終了決定

当事者主義

  • 当事者による事実主張、証拠収集、訴訟進行の主導

行政事件訴訟の審理原則

行政事件訴訟では、民事訴訟の原則を基本としつつも、以下の修正があります:

職権探知主義の導入

  • 行政処分の適法性判断に必要な事実の職権による調査
  • 証拠の職権収集の拡大

釈明権の積極的行使

  • 争点の明確化のための積極的な釈明
  • 必要な主張の促進

公益性への配慮

  • 公共の利益に関わる事実の職権による調査
  • 第三者への影響の考慮

4.2 争点整理手続きの活用

民事訴訟での争点整理

民事訴訟では、以下の争点整理手続きが活用されます:

  • 準備書面による整理:争点の明確化と証拠整理
  • 弁論準備手続:争点及び証拠の整理
  • 書面による準備手続:遠隔地当事者への配慮
  • 進行協議期日:訴訟進行の効率化

行政事件訴訟での争点整理の特色

行政事件訴訟では、より積極的な争点整理が行われます:

  • 争点及び証拠の整理手続:行政事件訴訟法23条の2
  • 釈明処分の活用:事実関係の明確化
  • 専門的知見の活用:専門委員制度の利用
  • 行政庁の協力義務:資料提出等の義務

4.3 証拠調べの相違点

民事訴訟の証拠調べ

民事訴訟では、主として以下の証拠調べが行われます:

  • 当事者による立証:主張に対応する証拠の提出
  • 証人尋問:事実関係の解明
  • 書証の取調べ:文書による事実の立証
  • 鑑定:専門的事項の解明

行政事件訴訟の証拠調べの特色

行政事件訴訟では、以下の特色があります:

  • 行政文書の重要性:処分の根拠となる行政文書の調査
  • 専門的事実の解明:技術的・専門的事項の調査
  • 職権による証拠調べ:必要に応じた職権による調査
  • 現地調査の活用:現場の状況把握

第5節 判決の効力と執行の相違

5.1 判決の効力

民事訴訟判決の効力

民事訴訟の確定判決は、以下の効力を有します:

既判力

  • 主文に包含される判断:当事者及びその承継人に対する拘束力
  • 時的限界:口頭弁論終結時までの事由に基づく判断
  • 人的限界:当事者及び承継人への限定

執行力

  • 債務名義としての機能:強制執行の根拠
  • 執行文の付与:執行手続きへの移行

行政事件訴訟判決の効力の特色

行政事件訴訟の判決は、より広範な効力を有します:

取消判決の効力

  • 形成力:処分の効力を遡及的に消滅させる
  • 第三者効:何人に対しても効力を有する(行政事件訴訟法32条1項)
  • 拘束力:行政庁に対する特別な拘束力

確認判決の効力

  • 対世効:処分の無効確認等では対世的効力
  • 将来効:将来に向けた法律関係の確定

5.2 判決の執行と履行確保

民事訴訟判決の執行

民事訴訟では、以下の執行制度があります:

  • 強制執行:債務名義に基づく国家権力による実現
  • 間接強制:制裁金による心理的強制
  • 代替執行:第三者による義務履行

行政事件訴訟判決の履行確保

行政事件訴訟では、特殊な履行確保制度があります:

義務付け判決の執行

  • 代執行:行政事件訴訟法33条
  • 間接強制:制裁金による強制
  • 職務執行命令:公務員に対する直接的命令

取消判決の効果

  • 自動的効果:処分の当然消滅
  • 原状回復義務:行政庁の回復措置義務
  • 再処分の義務:適法な処分の再実施

第6節 訴訟要件の比較検討

6.1 当事者能力・当事者適格

民事訴訟の当事者要件

民事訴訟では、以下の要件が求められます:

当事者能力

  • 自然人:制限行為能力者も含む
  • 法人:権利能力を有する団体
  • 法人でない社団・財団:一定の要件下で当事者能力を認める

当事者適格

  • 権利主体適格:争訟の当事者たる地位
  • 任意的当事者変更:真正当事者への変更可能性

行政事件訴訟の原告適格

行政事件訴訟では、より厳格な原告適格が要求されます:

法律上の利益

  • 法的保護に値する利益:単なる事実上・反射的利益では不十分
  • 個別的利益:一般的公益とは区別される個人的利益
  • 具体的利益:抽象的な利益では不十分

判例による拡張

  • 近隣住民の原告適格:環境破壊等による被害
  • 競業者の原告適格:許認可処分による競争上の不利益
  • 第三者の原告適格:法的利益を有する第三者

6.2 出訴期間と除斥期間

民事訴訟の時効・除斥期間

民事訴訟では、以下の時効等の制限があります:

  • 消滅時効:権利行使をしないことによる権利消滅
  • 除斥期間:取消権等の行使期間の制限
  • 時効の中断・停止:一定事由による進行阻止

行政事件訴訟の出訴期間

行政事件訴訟では、厳格な出訴期間制限があります:

取消訴訟の出訴期間

  • 6か月以内:処分があったことを知った日から(行政事件訴訟法14条1項)
  • 1年以内:処分があった日から(同条2項)
  • 正当な理由による救済:例外的な期間徒過の救済

その他の訴訟類型

  • 無効確認訴訟:出訴期間制限なし
  • 義務付け訴訟:申請型は申請から相当期間経過後
  • 差止訴訟:処分前の提起が原則

6.3 管轄の特則

民事訴訟の管轄

民事訴訟では、以下の管轄規定があります:

  • 普通裁判籍:被告の住所地を管轄する裁判所
  • 特別裁判籍:法律関係に応じた特別な管轄
  • 合意管轄:当事者の合意による管轄決定

行政事件訴訟の管轄

行政事件訴訟では、特殊な管轄規定があります:

  • 被告行政庁所在地管轄:行政事件訴訟法12条
  • 高等裁判所管轄:一定の重要事件(同法13条)
  • 専属管轄:合意による変更不可
  • 移送の特則:適正・迅速な審理のための移送

第7節 和解・調停制度の比較

7.1 民事訴訟における和解

訴訟上の和解

民事訴訟では、以下の和解制度があります:

  • 裁判上の和解:民事訴訟法267条
  • 和解調書の効力:確定判決と同一の効力
  • 和解の成立要件:当事者の合意と裁判所の関与
  • 和解内容の制約:処分権の範囲内での合意

民事調停制度

民事紛争については、以下の調停制度があります:

  • 民事調停法に基づく調停手続
  • 調停委員による紛争解決支援
  • 調停調書の効力:確定判決と同一の効力

7.2 行政事件訴訟における和解の制約

行政事件訴訟での和解の限界

行政事件訴訟では、和解に以下の制約があります:

公権力行使の性格

  • 適法性原則:違法な行政処分についての和解不可
  • 公益性の要請:公共の利益に反する和解の制限
  • 権限踰越の禁止:行政庁の権限範囲内での合意

和解可能な範囲

  • 損害賠償的要素:金銭給付を内容とする部分
  • 事実関係の確認:争いのない事実の確定
  • 将来の行政行為:適法な範囲での将来行為の約束

行政型ADRの発展

行政分野では、以下のADR制度が発展しています:

  • 行政不服審査:行政内部での紛争解決
  • 公害等調整委員会:環境紛争の調停・仲裁
  • 国土交通省の建設工事紛争審査会:建設紛争の調停・仲裁
  • 各種オンブズマン制度:行政苦情の解決

第8節 特殊な争点における取扱いの相違

8.1 裁量に関する統制

民事訴訟における裁量的判断

民事訴訟では、以下の裁量的判断があります:

  • 損害額の算定:裁判所の合理的な算定
  • 慰謝料の認定:諸事情を考慮した裁判所の判断
  • 制裁的要素:悪質性に応じた賠償額の調整

これらの判断は、民事訴訟における事実認定の一環として行われ、上訴審での審査も事実審としての性格を有します。

行政事件訴訟における裁量統制

行政事件訴訟では、行政裁量に対する司法審査が重要な争点となります:

覊束行為と裁量行為

  • 覊束行為:法律で具体的に定められた要件による行為
  • 裁量行為:行政庁に判断の余地が認められた行為

裁量審査の基準

  • 裁量権の逸脱・濫用:社会観念上著しく妥当性を欠く判断
  • 比例原則:目的と手段の相当性
  • 平等原則:同種事案の取扱いの公平性

審査密度の段階的適用

  • 厳格審査:基本的人権に関わる場合
  • 中間審査:経済的規制等の場合
  • 合理性審査:専門技術的判断の場合

8.2 事実認定における相違

民事訴訟の事実認定

民事訴訟では、以下のような事実認定が行われます:

  • 自由心証主義:証拠の価値判断の自由
  • 経験則の適用:社会通念に基づく事実推認
  • 証明度:高度の蓋然性による認定

行政事件訴訟の事実認定の特色

行政事件訴訟では、以下の特色があります:

専門技術的事実

  • 科学的知見:最新の科学的知識の要請
  • 専門家の意見:専門委員や鑑定人の活用
  • 不確実性への対応:予防原則等の考慮

将来予測的事実

  • 将来予測の合理性:予測の根拠と手法の審査
  • 情報収集義務:適切な情報に基づく判断
  • 予測の修正可能性:事情変更への対応

第9節 上訴制度と審級制の相違

9.1 控訴審の機能

民事訴訟の控訴審

民事訴訟では、以下のような控訴審制度があります:

  • 続審主義:第一審の続きとしての審理
  • 事後審:第一審判決後の審査
  • 事実審:新たな事実主張・証拠申出の可能性

行政事件訴訟の控訴審

行政事件訴訟でも基本的に同様の制度ですが、以下の特色があります:

  • 事情判決:処分取消しが公共の福祉に適合しない場合の特則
  • 原告適格の拡張的解釈:上級審での判例変更への対応
  • 裁量統制基準の発展:判例による基準の精緻化

9.2 上告審・上告受理申立て

最高裁判所の役割

両訴訟制度とも、最高裁判所は以下の機能を果たします:

  • 法令解釈の統一:下級審の判断の統一
  • 憲法適合性審査:憲法違反の有無の判断
  • 判例変更:社会情勢の変化への対応

行政事件訴訟での最高裁の特別な役割

行政事件訴訟では、最高裁は以下の特別な役割を担います:

  • 行政統制機能:行政活動全体への影響
  • 権利保護機能:国民の権利救済の最終審
  • 政策形成機能:行政政策への間接的影響

第10節 実務上の留意点と今後の展望

10.1 特定行政書士としての実務対応

民事事件への関与

特定行政書士が民事事件に関与する場合の留意点:

  • 代理権の範囲:行政書士法による制限の理解
  • 他士業との連携:弁護士との適切な役割分担
  • 書面作成業務:民事訴訟関係書類の作成

行政事件への対応

行政事件訴訟では、以下の点に留意が必要です:

  • 代理権の活用:特定行政書士としての代理権の適切な行使
  • 専門知識の重要性:行政法規の深い理解の必要性
  • 迅速な対応:出訴期間制限への適切な対応
  • 証拠収集の工夫:行政文書の入手方法の検討

10.2 両制度の交錯する領域

国家賠償請求訴訟

行政事件訴訟と民事訴訟が交錯する重要な領域として、国家賠償請求訴訟があります:

手続きの選択

  • 取消訴訟との併合:違法確認と損害賠償の同時請求
  • 民事訴訟での提起:単独での損害賠償請求
  • 訴訟類型の特性:それぞれの利点・欠点の検討

立証責任の相違

  • 違法性の立証:行政処分の違法性立証の方法
  • 因果関係の立証:違法行為と損害との関係
  • 過失の立証:公務員個人の過失と国の責任

公法・私法関係の峻別

実務では、公法関係と私法関係の峻別が重要です:

  • 行政契約:契約でありながら公権力行使の側面
  • 公の施設の利用関係:公法・私法の混在
  • 指定管理者制度:民間事業者による公共サービス

10.3 制度改革の動向と今後の展望

行政事件訴訟制度の改革

近年の制度改革により、以下の変化があります:

2004年行政事件訴訟法改正

  • 義務付け訴訟・差止訴訟の創設:予防的権利保護の拡充
  • 原告適格の拡大:法的利益概念の柔軟化
  • 釈明処分の拡充:争点整理の充実

今後の課題

  • 集団訴訟制度:環境問題等への対応
  • 仮の救済制度:迅速な権利保護の必要性
  • ADR制度の充実:多様な紛争解決手段の提供

民事訴訟制度の発展

民事訴訟制度も以下の発展を続けています:

  • IT化の推進:電子化による効率化
  • 専門訴訟への対応:知的財産訴訟、医療訴訟等
  • 国際化への対応:国際民事訴訟の増加

第11節 具体的事例による比較検討

11.1 建築確認をめぐる紛争

建築確認処分をめぐる紛争は、民事訴訟と行政事件訴訟の相違を理解する上で有益な事例です。

行政事件訴訟としての構成

取消訴訟

  • 原告適格:近隣住民の法的利益
  • 取消事由:建築基準法違反、手続き瑕疵等
  • 立証責任:違法事由の主張立証責任は原告
  • 救済方法:建築確認処分の取消し

義務付け訴訟

  • 確認処分義務付け:適法な建築計画への確認義務付け
  • 拒否処分義務付け:違法な建築計画への拒否処分義務付け
  • 要件:重大な損害を生ずるおそれ、他に適当な方法がないこと

民事訴訟としての構成

建築差止請求

  • 請求根拠:人格権、環境権等
  • 要件事実:権利侵害の事実、違法性、故意過失
  • 立証責任:原告が侵害事実を立証、被告が適法性を立証
  • 救済方法:建築工事の差止め、損害賠償

損害賠償請求

  • 国家賠償:建築確認処分の違法による損害
  • 不法行為:建築主に対する損害賠償請求
  • 立証責任:損害の発生と因果関係の立証

11.2 営業許可をめぐる紛争

営業許可に関する紛争も、両制度の相違を明確に示します。

行政事件訴訟の場合

許可拒否処分取消訴訟

  • 処分性:拒否処分の行政処分該当性
  • 取消事由:許可要件充足の立証
  • 裁量統制:行政庁の裁量権行使の適正性
  • 原状回復:取消後の再審査義務

義務付け訴訟

  • 許可義務付け:要件充足時の許可義務
  • 立証責任:申請者による要件充足事実の立証
  • 補償的性格:拒否処分が違法であることの前提

民事訴訟での関連紛争

競業者間の紛争

  • 営業妨害:不正な手段による営業妨害
  • 不正競争防止法:競争制限的行為の差止め
  • 損害賠償:逸失利益の算定と立証

行政指導をめぐる紛争

  • 権利侵害:行政指導による事実上の営業制限
  • 国家賠償:違法な行政指導による損害
  • 差止請求:継続的な行政指導の差止め

11.3 税務関係紛争

税務関係の紛争は、両制度が密接に関連する典型例です。

行政事件訴訟(税務訴訟)

更正処分取消訴訟

  • 処分の特定:更正処分の内容と範囲の確定
  • 違法事由:所得金額の認定誤り、適用法令の誤り等
  • 立証責任:課税要件事実は税務署、違法事由は納税者
  • 審理方式:職権探知主義の適用

青色申告承認取消処分

  • 裁量統制:取消事由該当性の判断
  • 手続き保障:事前通知、理由附記等
  • 不利益変更禁止:申立ての範囲での審理

民事訴訟での関連紛争

国税徴収に関する紛争

  • 第三者異議の訴え:差押財産の所有権確認
  • 損害賠償請求:違法な滞納処分による損害
  • 不当利得返還請求:過納税金の返還請求

税理士関係紛争

  • 委任契約違反:税理士の善管注意義務違反
  • 損害賠償:誤った税務処理による損害
  • 報酬請求:税務代理業務の報酬請求

第12節 証拠法上の特色

12.1 行政文書の取扱い

行政事件訴訟での行政文書

行政事件訴訟では、行政文書が重要な証拠となります:

文書提出命令の特則

  • 公務秘密の保護:国家秘密、個人情報等の保護
  • 文書特定の困難:行政機関内の文書の所在
  • 提出義務の範囲:職務上作成・取得文書の範囲

行政文書の証明力

  • 公文書の推定:形式的真実性の推定
  • 作成者の信用性:公務員の職務上作成の信用性
  • 内容の真実性:記載内容自体の真実性は別途立証必要

民事訴訟での行政文書

民事訴訟でも行政文書は重要な証拠ですが、取扱いに相違があります:

  • 私文書としての性格:当事者以外が作成した文書
  • 証明力の評価:自由心証主義による評価
  • 入手方法の制約:情報公開請求等による入手

12.2 専門的事項の立証

鑑定制度の活用

両制度とも鑑定制度がありますが、活用方法に相違があります:

民事訴訟での鑑定

  • 当事者による申立て:当事者主義に基づく鑑定申立て
  • 鑑定人の選任:裁判所による選任
  • 鑑定費用:申立当事者の負担

行政事件訴訟での鑑定

  • 職権による鑑定:職権探知主義による積極的活用
  • 専門委員制度:専門的知見の継続的活用
  • 複数鑑定:争いのある専門的事項での複数鑑定

専門委員制度

行政事件訴訟では、専門委員制度が特に重要です:

  • 専門的知見の活用:継続的な専門的支援
  • 争点整理への関与:技術的争点の整理支援
  • 鑑定との関係:専門委員の意見と鑑定の使い分け

第13節 仮の救済制度

13.1 民事保全制度

仮処分・仮差押え

民事訴訟では、以下の保全制度があります:

仮処分

  • 係争物に関する仮処分:現状維持のための処分
  • 仮の地位を定める仮処分:暫定的権利関係の設定
  • 保全の必要性:緊急性、不可逆的損害の回避

保全の要件

  • 被保全権利:本案で勝訴する可能性
  • 保全の必要性:現状変更による回復困難な損害
  • 担保:相手方の損害担保のための供託

13.2 行政事件訴訟の仮の救済

執行停止

行政事件訴訟では、執行停止制度があります:

執行停止の要件

  • 回復困難な損害:執行により生ずる著しい損害又は急迫の危険
  • 公共の福祉:執行停止により公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれの不存在
  • 本案勝訴の可能性:取消事由の存在の疎明

執行停止の効果

  • 執行の停止:行政処分の効力停止又は執行停止
  • 暫定的性格:本案判決までの暫定的措置
  • 変更・取消し:事情変更による決定の見直し

仮の義務付け・仮の差止め

2004年改正で導入された制度:

仮の義務付け

  • 重大な損害:義務付けがされないことにより生ずる償いがたい損害
  • 緊急の必要:損害を避けるため緊急の必要
  • 本案勝訴の可能性:義務付け訴訟で認容される蓋然性

仮の差止め

  • 重大な損害:処分により生ずる回復困難な損害
  • 緊急性:損害を避けるため緊急の必要
  • 公益との調整:公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれの考慮

第14節 訴訟費用と国庫負担

14.1 訴訟費用の負担原理

民事訴訟の費用負担

民事訴訟では、以下の原則があります:

  • 敗訴者負担:訴訟費用は敗訴者の負担
  • 一部勝訴の場合:勝敗の割合に応じた負担
  • 当事者の資力:資力に応じた減免制度

行政事件訴訟の費用負担

行政事件訴訟でも基本的に同様ですが、特色があります:

  • 国の敗訴:国が敗訴した場合の費用負担
  • 公益性の考慮:公共の利益のための訴訟の特別扱い
  • 原告の負担軽減:国民の権利救済促進のための配慮

14.2 弁護士費用と法律扶助

弁護士費用

両制度とも弁護士費用の扱いに共通点があります:

  • 原則自己負担:弁護士費用は原則として各自負担
  • 例外的転嫁:不法行為の場合の相当因果関係内での認容
  • 着手金・報酬金:依頼者と弁護士間の契約による決定

法律扶助制度

経済的困窮者に対する支援制度:

  • 民事法律扶助:民事訴訟における扶助
  • 行政事件扶助:行政事件訴訟における特別の配慮
  • 報酬基準:扶助事件における報酬の特別基準

第15節 国際化への対応

15.1 渉外的要素を含む紛争

民事訴訟での国際化

民事訴訟では、以下の国際化への対応があります:

  • 国際裁判管轄:日本の裁判所の管轄権
  • 準拠法:適用すべき実体法の決定
  • 外国判決の承認執行:外国で得た判決の日本での効力

行政事件訴訟での国際的要素

行政事件訴訟でも国際化の影響があります:

  • 外国人の権利:外国人に対する行政処分の適法性
  • 国際条約との関係:条約上の義務と国内法の関係
  • 外国行政庁との協力:国際的な行政協力関係

15.2 EU法・比較法的視点

ヨーロッパの制度

比較法的視点から、以下の相違があります:

  • 行政裁判所制度:独立した行政裁判所の存在
  • 職権主義の徹底:職権による事実調査の充実
  • 予防的権利保護:事前の権利保護制度の発達

アメリカの制度

アメリカでは以下の特色があります:

  • 司法審査制度:連邦裁判所による統一的審査
  • 記録審理主義:行政機関の記録に基づく審理
  • 専門性の重視:行政機関の専門的判断への尊重

まとめ

学習のポイントの整理

本章で学習した民事訴訟と行政事件訴訟の比較における重要なポイントを整理すると、以下の通りです:

構造的相違の理解

  1. 訴訟の性質:私人間の対等な紛争解決 vs 権力関係の統制
  2. 当事者の地位:対等な私人 vs 行政庁と私人の非対等関係
  3. 救済の目的:私権の回復 vs 適法性の確保と権利救済

手続き上の相違の把握

  1. 審理原則:弁論主義の徹底 vs 職権探知主義の修正
  2. 証明責任:要件事実論の適用 vs 情報偏在への特別配慮
  3. 判決の効力:当事者間の拘束 vs 対世効・第三者効

実務的対応の重要性

  1. 訴訟要件:当事者適格 vs 原告適格の厳格な審査
  2. 出訴期間:時効・除斥期間 vs 厳格な出訴期間制限
  3. 仮の救済:保全処分 vs 執行停止・仮の義務付け等

次章への橋渡し

これらの理解を踏まえ、次章「事実認定の重要性・裁判官の思考方法」では、両訴訟制度における事実認定の特色と、裁判官がどのような思考過程で判断を行うかについて学習します。特に、行政事件訴訟における専門技術的事実の認定や、将来予測を含む事実の評価方法について、民事訴訟との比較を通じて理解を深めていきます。

また、本章で学習した証明責任の配分や職権探知主義の適用は、次々章の「事実認定の工夫・証拠評価」における具体的な証拠評価方法の理解にも不可欠な基礎知識となります。

特定行政書士としての実務への応用

特定行政書士として実務に従事する際は、以下の点を常に意識することが重要です:

  1. 事案の性質の見極め:民事的紛争か行政的紛争かの判断
  2. 適切な手続きの選択:訴訟類型の選択と併合の可能性
  3. 証拠収集戦略:各制度の特色を活かした証拠収集方法
  4. 時間的制約への対応:特に行政事件訴訟の出訴期間制限
  5. 専門知識の活用:行政法規の深い理解に基づく法的構成

これらの知識と技能を統合的に活用することで、依頼者の権利救済に最も適した方法を選択し、効果的な法的支援を提供することが可能となります。


本章の学習到達目標確認

□ 民事訴訟と行政事件訴訟の基本的性質の相違を説明できる
□ 両制度における当事者の地位と役割の違いを理解している
□ 訴訟類型と救済方法の相違点を具体的に説明できる
□ 証明責任の配分における両制度の特色を理解している
□ 審理方式と手続きの相違点を実務的観点から把握している
□ 判決の効力と執行制度の違いを説明できる
□ 訴訟要件における相違点を具体的に理解している
□ 仮の救済制度の相違点と活用方法を把握している
□ 特定行政書士として適切な事案処理方針を立てることができる

これらの項目について理解が不十分な場合は、該当箇所を再度確認し、具体的事例を通じて理解を深めることをお勧めします。


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