行政手続法:行政手続の基本構造 - 特定行政書士試験学習ガイド
はじめに
行政手続は、行政機関が国民に対して処分を行う際に従うべき手続的ルールを定めたものです。これは単なる形式的な手続きではなく、国民の権利保護と行政の適正な運営を両立させるための重要な制度です。特定行政書士試験において、行政手続法は行政不服審査法とともに最重要科目の一つであり、実務においても頻繁に関わる分野です。
本章では、行政手続法を中心として、行政が国民に対して行う各種手続きの基本構造を体系的に理解していきます。
第1章 行政法総論:基礎理解の土台
1.1 行政の基本原則
1.1.1 法治主義
法治主義は、行政権の行使が法に基づいて行われなければならないという原則です。これは近代立憲主義の根本原理の一つであり、行政の恣意的な権力行使を防止し、国民の自由と権利を保障する機能を持ちます。
法治主義には、形式的法治主義と実質的法治主義の区別があります。形式的法治主義は、行政が法律の形式を備えた規範に基づいて行われれば足りるとする考え方です。一方、実質的法治主義は、その法律の内容自体が正義や人権保障に適合していなければならないとする考え方です。
現在の日本国憲法の下では、実質的法治主義が採用されており、行政は単に法律に基づくだけでなく、憲法の人権保障の趣旨に適合した形で行われなければなりません。
1.1.2 法律による行政の原理
法律による行政の原理は、法治主義をより具体化した原則で、「法律の優位」と「法律の留保」という二つの要素から構成されます。
法律の優位は、行政は法律に反してはならないという原則です。この原則により、行政機関は法律に違反する内容の処分や規則を制定することはできません。また、政令や省令などの下位規範も、上位規範である法律に適合していなければなりません。
法律の留保は、行政が一定の事項について活動する場合には、あらかじめ法律による授権が必要であるという原則です。特に、国民の権利を制限したり義務を課したりする場合には、法律による明確な根拠が必要とされます。
法律の留保については、全部留保説、一部留保説、重要事項留保説などの学説があります。現在の通説・判例は、権利・自由の制限や国民への義務の賦課については法律の根拠が必要とする一部留保説的な立場をとっています。
1.1.3 比例原則
比例原則は、行政目的と手段の間に合理的な比例関係が存在しなければならないという原則です。これは、過度の権利制限を防止し、行政の合理性を確保する機能を持ちます。
比例原則は、適合性、必要性、狭義の比例性の三つの段階で判断されます。適合性は目的達成に適した手段であること、必要性は他により制限的でない手段がないこと、狭義の比例性は制限される利益と保護される利益のバランスが取れていることを意味します。
1.2 行政行為の種類と効力
1.2.1 行政行為の概念と分類
行政行為とは、行政機関が法の下に、具体的事実について、その意思を決定し、直接に国民の権利義務に影響を与える行為をいいます。行政行為は行政法学の中核概念の一つであり、様々な観点から分類されます。
効果による分類では、法律効果を発生させる法律行為と、事実上の効果のみを生じる準法律行為に分けられます。法律行為はさらに、権利や法的地位を設定・変更・消滅させる形成的行為と、既存の法関係を確認・認定する確認的行為に分けられます。
相手方との関係による分類では、相手方に利益を与える授益的行政行為と、相手方に不利益を課す侵益的行政行為(負担的行政行為)に分けられます。この分類は、行政手続法の適用場面において重要な意味を持ちます。
行政庁の裁量の有無による分類では、法律の要件を満たせば行政庁が必ず一定の処分をしなければならない羈束行為と、行政庁に判断の余地が認められる裁量行為に分けられます。
1.2.2 行政行為の効力
行政行為には、私人間の法律行為とは異なる特殊な効力が認められています。これらの効力は、行政の実効性確保と国民の権利保護のバランスを図るものです。
公定力は、行政行為が違法であっても、権限ある機関によって取り消されるまでは適法なものとして扱われるという効力です。これにより、行政行為の安定性と行政の継続性が確保されます。ただし、行政行為が重大かつ明白な瑕疵がある場合には、公定力は認められず、当然無効となります。
不可争力は、行政行為について不服申立期間や出訴期間が経過すると、もはやその行政行為の違法性を争うことができなくなるという効力です。これにより、法的関係の安定が図られます。
執行力は、行政行為の内容を行政機関が自ら実現することができるという効力です。これには、代執行、執行罰、直接強制、行政上の強制徴収などの手段があります。
1.3 行政裁量と司法審査
1.3.1 行政裁量の意義
行政裁量とは、法律が行政機関に対して判断の余地を認めている場合において、行政機関が具体的事案に応じて合理的な判断を行う権限をいいます。行政は専門的・技術的な知識を必要とする複雑な行政需要に対応する必要があり、また、個別具体的な事案に応じた柔軟な対応が求められるため、一定の裁量権が認められています。
行政裁量には、要件裁量と効果裁量の区別があります。要件裁量は、法律の構成要件に該当するかどうかの判断に裁量が認められる場合であり、効果裁量は、要件に該当する場合にどのような処分をするかの判断に裁量が認められる場合です。
1.3.2 裁量の統制
行政裁量は無制限ではなく、一定の統制に服します。裁量権の逸脱・濫用があった場合には、司法審査によって統制されます。
裁量権の逸脱は、行政機関が法律の趣旨・目的から外れた判断をした場合をいいます。例えば、法律が予定していない考慮要素を考慮したり、逆に考慮すべき要素を考慮しなかった場合などがこれに該当します。
裁量権の濫用は、考慮要素や判断過程に誤りはないものの、結論が社会通念に照らして著しく妥当性を欠く場合をいいます。これは、比例原則違反や平等原則違反として現れることが多いです。
判例は、従来、裁量処分については「社会通念に照らし著しく妥当性を欠く」場合に限って違法としてきましたが、近年は、より詳細に裁量判断の内容を審査する傾向にあります。
1.4 公法と私法の区別
1.4.1 区別の意義
公法と私法の区別は、法律関係の性質を理解し、適用されるべき法的ルールを確定するために重要です。公法関係では行政法的なルールが適用され、私法関係では民法等の私法的ルールが適用されます。
公法は、国家や地方公共団体が統治権の主体として関与する法律関係を規律する法です。行政法、憲法、刑法などがこれに該当します。
私法は、対等な立場にある私人間の法律関係を規律する法です。民法、商法などがこれに該当します。
1.4.2 判断基準
公法と私法の区別については、様々な判断基準が提唱されています。
主体説は、国家や地方公共団体が関与していれば公法関係とする考え方です。しかし、国や地方公共団体も私法上の法律行為を行うことがあるため、この基準だけでは不十分です。
権力説は、国家が権力的に行為するかどうかで判断する考え方です。権力的に行為する場合は公法関係、対等な立場で行為する場合は私法関係とします。
目的説は、当該法律関係の目的が公益の実現にあるかどうかで判断する考え方です。
現在の通説・判例は、これらの基準を総合的に考慮して判断しており、特に権力的関係にあるかどうかを重視しています。
第2章 行政手続法:行政運営のルール
2.1 行政手続の基本構造
2.1.1 行政手続法の意義と目的
行政手続法は、平成5年(1993年)に制定され、翌年4月1日から施行された法律です。同法は、行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、国民の権利利益の保護に資することを目的としています(行政手続法1条)。
従来、日本の行政法制においては、行政機関の処分や行政指導等に関する手続きについて、個別法において断片的に規定されているだけで、統一的な手続法は存在しませんでした。そのため、行政の恣意性を排除し、国民の権利保護を図るために、包括的な行政手続法の制定が要請されたのです。
行政手続法は、以下の5つの手続きを規律しています:
- 申請に対する処分に関する手続き
- 不利益処分に関する手続き
- 行政指導に関する手続き
- 届出に関する手続き
- 意見公募手続き(パブリックコメント)
2.1.2 適用範囲
行政手続法の適用範囲は、第1条の2から第4条までに規定されています。
適用機関については、国の行政機関が原則として適用対象となります(1条の2第1項)。ただし、国会及び裁判所並びに会計検査院については、それぞれの独立性を尊重し、適用が除外されています(1条の2第2項)。
地方公共団体については、行政手続法の直接適用はありませんが、同法に準じた手続条例を制定することが求められています(46条)。現在、ほぼすべての地方公共団体において、行政手続条例が制定されています。
適用除外については、第3条において詳細に規定されています。主なものとして、次のような処分等が除外されています:
- 国会又は地方公共団体の議会の議決によるもの
- 裁判所の裁判により又は裁判の執行としてされるもの
- 刑事事件に関する法令に基づいてされるもの
- 国税、地方税の犯則事件に関する法令に基づいてされるもの
- 学校、講習所、訓練所等における教育、訓練等の内部関係に関するもの
これらの適用除外の理由は、それぞれの分野における特殊性や他の手続き保障制度の存在によるものです。
2.2 申請に対する処分
2.2.1 申請の意義
申請とは、法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいいます(2条3号)。
この定義から明らかなように、申請には以下の要件が必要です:
- 法令に基づくこと
- 許認可等を求める行為であること
- 行政庁が諾否の応答をすべきこととされていること
申請は、国民の側から行政に対して能動的に働きかける行為であり、行政と国民の協働関係の出発点となります。申請権は、法定の要件を満たす限り、すべての国民に保障されている権利です。
2.2.2 審査基準
行政庁は、申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準(以下「審査基準」という)を定めるものとします(5条1項)。
審査基準の設定義務は、行政の透明性向上と予測可能性の確保を目的としています。国民は審査基準を知ることによって、自己の申請が認められる見込みを予測することができ、適切な申請を行うことが可能になります。
審査基準は、できる限り具体的なものでなければならず(5条2項)、また、法令の趣旨に適合するものでなければなりません。抽象的で判断の指針とならないような審査基準では、設定の意味がありません。
審査基準を定めた場合には、これを公にしておかなければなりません(5条3項)。公表の方法は、行政機関の事務所における備置き、インターネットでの公表など、国民が容易に知ることができる方法によります。
2.2.3 標準処理期間
行政庁は、申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間(以下「標準処理期間」という)を定めるよう努めるものとします(6条)。
標準処理期間の設定は努力義務とされていますが、行政の効率化と国民の予測可能性確保のために重要な制度です。標準処理期間を定めた場合には、これを公表しなければなりません。
標準処理期間は、あくまで「標準的な期間」であり、法定の処理期間とは性質が異なります。標準処理期間を過ぎても処分がされない場合に、直ちに違法となるわけではありませんが、行政庁には説明責任が生じると考えられています。
2.2.4 申請に対する審査・応答
審査の開始について、行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければなりません(7条)。「遅滞なく」とは、正当な理由なく時間を置かずにということを意味し、事実上可能な限り速やかにということです。
補正について、行政庁は、申請書の記載事項に不備があると認めるときは、相当の期間を定めて、当該申請をした者に対し当該不備を補正するよう求めることができます(7条)。補正を求める際には、不備の内容を具体的に指摘し、補正に必要な情報を提供することが求められます。
拒否処分の理由提示について、行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければなりません(8条1項)。理由提示は、申請者の納得を得るとともに、不服申立てや取消訴訟における攻撃防御の便宜を図るために重要です。
理由は、処分の根拠となった法令の条項だけでなく、当該処分に至った具体的な理由を示す必要があります。ただし、法令の定めにより当該申請者以外の者が当該理由を知り得ることとなるときは、この限りではありません(8条2項)。
2.3 不利益処分と聴聞・弁明手続
2.3.1 不利益処分の意義
不利益処分とは、行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいいます(2条4号)。ただし、申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づいてされる処分、名あて人となるべき者の同意の下にされる処分、及び処分の性質上、意見陳述のための手続を経ることが困難又は不適当であるものとして政令で定める処分については、除外されています。
不利益処分は、国民の権利や自由を直接制限するものであるため、慎重な手続きが要求されます。行政手続法は、不利益処分について、聴聞又は弁明の機会の付与を義務付けています。
2.3.2 聴聞手続
聴聞を行う場合は、次の処分をしようとする場合です(13条1項):
- 許認可等を取り消す不利益処分
- 資格又は地位を直接に剥奪する不利益処分
- 名あて人の資格又は地位に基づく権利を制限する不利益処分
- その他政令で定める不利益処分
聴聞の通知について、行政庁は、聴聞を行うに当たっては、聴聞を行うべき期日までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければなりません(15条1項):
- 予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
- 不利益処分の原因となる事実
- 聴聞の期日及び場所
- その他聴聞の実施に関し必要な事項
聴聞の主宰は、原則として当該不利益処分に係る事案に関与しない職員のうちから行政庁が指名する者が行います(19条1項)。これにより、聴聞の公正性が確保されます。
聴聞の手続において、当事者は、聴聞に際して、証拠書類又は証拠物を提出し、主宰者の許可を得て、補佐人とともに出頭することができます(20条1項)。また、当事者は、参考人の出頭を求めることができ、主宰者に対し、参考人の出頭を求めるよう申し出ることができます(21条)。
聴聞調書について、主宰者は、聴聞の期日における当事者及び参考人の陳述の要旨その他の聴聞に関する重要な事項を記載した調書を作成し、当該調書において、当事者が最終的に述べた意見を明確にしておかなければなりません(24条1項)。
2.3.3 弁明手続
聴聞に該当しない不利益処分をしようとする場合には、行政庁は、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、弁明の機会を与えなければなりません(29条1項)。
弁明の通知について、行政庁は、弁明の機会を与える場合には、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、次に掲げる事項を通知しなければなりません(30条1項):
- 予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
- 不利益処分の原因となる事実
- 弁明を記載した書面の提出先及び提出期限
弁明の方法は、弁明を記載した書面の提出によることが原則です(31条)。ただし、当該不利益処分の名あて人となるべき者の求めがあったときは、行政庁は、意見の聴取を行わなければなりません。
2.4 行政指導
2.4.1 行政指導の意義
行政指導とは、行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいいます(2条6号)。
行政指導は、強制力を持たない任意の協力を求める行為であり、相手方はこれに従う法的義務を負いません。しかし、実際上は強い社会的圧力として作用することが多く、適正な実施が求められます。
2.4.2 行政指導の原則
一般原則として、行政指導にあっては、行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければなりません(32条)。また、相手方が行政指導に従わないことを理由として、不利益な取扱いをしてはなりません。
申請に関連する行政指導について、行政機関は、申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導をする場合には、申請者がその行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず、当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはなりません(33条)。
許認可等の権限に関連する行政指導について、行政機関は、許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を有していることを殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはなりません(34条1項)。
2.4.3 行政指導の方式
書面の交付等について、行政指導が口頭でされた場合において、相手方から書面の交付を求められたときは、行政機関は、行政上特別の支障がない限り、次に掲げる事項を記載した書面を交付しなければなりません(35条1項):
- 行政指導の趣旨及び内容並びに責任者
- その他当該行政機関が適当と認める事項
この規定により、行政指導の透明性が確保され、相手方の権利保護が図られます。
2.5 届出
2.5.1 届出の意義
届出とは、法令に基づき、行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く)であって、法令により直接に当該通知が義務付けられているものをいいます(2条7号)。
届出は、行政庁が一定の事実を把握するために法定されているものであり、許認可のような行政庁の諾否の判断を求めるものではありません。
2.5.2 届出に関する手続
届出書の記載事項について、行政庁は、届出をしようとする者又は届出をした者に対し、届出書に記載すべき事項を示すとともに、届出書の記載事項に不備があると認めるときは、相当の期間を定めて、当該届出をした者に対し当該不備を補正するよう求めることができます(37条)。
届出の効力の発生について、法令に基づく届出が届出書の記載事項に不備がないこと、届出書に必要な書類が添付されていること、その他の法令に定められた届出の形式上の要件に適合している場合は、当該届出が行政庁の事務所に到達した時に、当該届出により届け出られた事項が公にされ、又は届出に係る義務が履行される等の届出の効力が生じるものとします(37条)。
2.6 意見公募手続(パブリックコメント)
2.6.1 意見公募手続の意義
意見公募手続とは、行政機関が命令等を定めようとする場合に、あらかじめ、当該命令等の案(以下「命令等の案」という)を公示し、意見を述べる機会を与える手続をいいます(39条1項)。
この制度は、行政立法過程における国民参加を制度的に保障し、行政の透明性向上と民主的正統性の確保を図るものです。
2.6.2 意見公募手続の対象
意見公募手続の対象となる「命令等」とは、内閣又は行政機関が定める次に掲げるものをいいます(2条8号):
- 法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む)
- 審査基準、処分基準、行政指導指針
ただし、次に掲げるものについては、意見公募手続の対象から除外されています(39条4項):
- 公益上、緊急に命令等を定める必要があるため、意見公募手続を実施することが困難である場合
- 命令等の性質上、意見公募手続を実施することが適当でない場合として政令で定める場合
2.6.3 意見公募手続の実施
公示について、行政機関は、命令等を定めようとする場合には、当該命令等の案及び関連資料をあらかじめ公示し、意見を述べる機会を与えなければなりません(39条1項)。公示は、官報への掲載、インターネットでの公表など、広く一般に周知することができる方法により行います。
意見提出期間は、公示の日から起算して30日以上でなければなりません(39条3項)。この期間は、国民が十分に検討し、意見を形成するために必要な期間として設定されています。
意見の考慮について、行政機関は、命令等を定める場合には、提出された意見を十分に考慮しなければなりません(42条)。また、命令等を定めた後、当該意見の概要及びそれに対する行政機関の考え方を公表するよう努めなければなりません。
第3章 行政不服審査法:試験の最重要科目
3.1 制度の目的・意義
3.1.1 行政不服審査制度の意義
行政不服審査制度は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申立てをすることができるための制度です(行政不服審査法1条1項)。
この制度は、国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的としています(同条2項)。行政不服審査は、司法審査に先立つ行政内部の自己統制制度として位置づけられ、簡易・迅速・無料という特徴を持ちます。
現行の行政不服審査法は、平成26年(2014年)に全部改正され、平成28年(2016年)4月1日から施行されています。改正の主要なポイントは、審理の公正性の向上、使いやすさの向上、審理手続の充実・迅速化です。
3.1.2 行政事件訴訟との関係
行政不服審査と行政事件訴訟は、いずれも行政の違法・不当な行為に対する救済制度ですが、それぞれ異なる特徴を持ちます。
行政不服審査の特徴:
- 行政内部の自己統制制度
- 違法性のみならず不当性も審査対象
- 簡易・迅速・無料
- 書面審理が原則
行政事件訴訟の特徴:
- 司法による外部統制制度
- 原則として違法性のみが審査対象
- 厳格な手続き、費用負担あり
- 口頭弁論が原則
両制度の関係について、原則として自由選択主義が採用されており、不服申立てを経ずに直接取消訴訟を提起することができます。ただし、個別法で不服申立てを前置する旨が定められている場合には、まず不服申立てを行わなければなりません。
3.2 処分に対する審査請求
3.2.1 審査請求の対象
処分の意義について、行政不服審査法上の「処分」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいいます(2条1項1号)。これは、行政事件訴訟法上の処分概念と基本的に同じです。
処分には、許可・認可・免許等の授益処分、営業停止・免許取消し等の侵益処分のほか、確認処分、形成処分なども含まれます。一方、行政指導、事実行為、内部行為などは処分に該当しません。
審査請求の対象となる処分は、行政庁の処分に不服がある者が対象となります(2条1項)。「不服がある者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいいます。
3.2.2 審査請求人
審査請求をすることができる者は、処分に不服がある者です(2条1項)。具体的には、以下の者が該当します:
- 処分の相手方(名宛人)
- 処分により自己の権利・法律上保護された利益を侵害された第三者
- 処分により必然的に権利・利益を侵害されるおそれのある第三者
第三者の審査請求権については、判例・学説により具体的な基準が形成されています。法律上保護された利益があるかどうかは、根拠法規の趣旨・目的、処分において考慮されるべき利益の内容・性質等を総合的に考慮して判断されます。
総代制度について、多数の者が同一の処分について審査請求をしようとするときは、3人以内の総代を互選することができます(12条1項)。総代は、各自、他の審査請求人のために、審査請求の取下げを除き、当該審査請求に関する一切の行為をすることができます(12条3項)。
3.2.3 審査庁
審査庁とは、審査請求に対する裁決を行う行政庁をいいます(2条1項4号)。審査庁は、原則として処分庁等の直近上級行政庁です(4条1項)。ただし、処分庁等に直近上級行政庁がない場合又は法律に特別の定めがある場合は、処分庁等が審査庁となります(4条2項、3項)。
直近上級行政庁とは、処分庁等の直近上級にある行政庁をいいます(2条1項5号)。これは、組織法上の上下関係に基づく概念であり、一般的監督権限の有無により判断されます。
審査庁の決定は、個別の事案ごとに、処分の根拠法規、組織関係、個別法の定め等を総合的に考慮して行われます。
3.2.4 審査請求期間
審査請求期間は、原則として、処分があったことを知った日の翌日から起算して3月以内です(18条1項)。また、処分があった日の翌日から起算して1年を経過したときは、審査請求をすることができません(18条2項)。
「処分があったことを知った日」とは、処分の存在及び内容を知った日をいいます。単に処分の存在を知っただけでは足りず、その内容についても知る必要があります。
正当な理由による期間の延長について、上記の期間内に審査請求をしなかったことについて正当な理由があるときは、この限りではありません(18条3項)。正当な理由の判断は、個別具体的な事情を総合考慮して行われます。
3.2.5 審査請求の手続
審査請求書の提出について、審査請求は、他の法律に口頭ですることができる旨の定めがある場合を除き、審査請求書を提出してしなければなりません(19条1項)。
審査請求書の記載事項は、以下のとおりです(19条2項):
- 審査請求人の氏名又は名称及び住所又は居所
- 審査請求に係る処分の内容
- 審査請求に係る処分があったことを知った年月日
- 審査請求の趣旨及び理由
- 処分庁の教示の有無及びその内容
- 審査請求の年月日
補正について、審査庁は、審査請求書の記載事項に不備があると認める場合には、相当の期間を定めて、審査請求人に対し、その補正を求めることができます(23条1項)。
3.3 不作為に対する審査請求
3.3.1 不作為の意義
不作為とは、行政庁が法令に基づく申請に対して、相当の期間内に何らかの処分その他公権力の行使に当たる行為をすべきにもかかわらず、これをしないことをいいます(2条1項2号)。
不作為に対する審査請求制度は、行政庁が法的義務を有しているにもかかわらず、適切な期間内に処分等を行わない場合に、国民の権利救済を図る制度です。
3.3.2 不作為審査請求の要件
不作為審査請求が認められるための要件は以下のとおりです:
- 法令に基づく申請があること
- 行政庁が何らかの処分等をすべき法的義務を負っていること
- 相当の期間が経過していること
- 行政庁が処分等をしないこと
「相当の期間」の判断は、申請の内容、処分の性質、同種事案における処理期間等を総合考慮して決定されます。標準処理期間が定められている場合には、これも一つの目安となります。
3.3.3 不作為審査請求の手続と裁決
不作為審査請求の審査庁は、原則として申請に係る処分をすべき行政庁の直近上級行政庁です。申請に係る処分をすべき行政庁に直近上級行政庁がない場合等は、当該行政庁が審査庁となります(7条)。
裁決の内容について、不作為についての審査請求が理由があるときは、審査庁は、当該不作為に係る処分をすべき旨を裁決します(48条1項)。
処分をすべき旨の裁決があった場合の処分庁の義務について、処分庁は、裁決で定められた期間内に、申請に対する何らかの処分をしなければなりません(49条1項)。
3.4 審理員制度
3.4.1 審理員制度の意義
審理員制度は、平成26年改正で新設された制度です。これは、審査請求の審理の公正性を向上させるため、処分に関与していない職員が審理を行う制度です。
審理員とは、審査庁に所属する職員のうちから審査庁が指名する者であって、当該審査請求に係る処分に関与した者及びこれらの者の直接の上司に該当しない者をいいます(9条1項)。
3.4.2 審理員の職務
審理員は、審査請求に係る事件について、公正かつ慎重に審理を行い、審理関係人の意見を十分に聴取し、適正な判断を行う責務を負います。
審理員の具体的職務には、以下のものがあります:
- 弁明書、反駁書等の審理関係人への送付(29条、31条)
- 審理関係人への質問、文書等の提出要求(33条)
- 物件の提出要求、検証(34条)
- 審理関係人への参考人の陳述等の機会の付与(35条)
- 審理手続の終結(36条)
- 審理員意見書の作成・提出(40条)
3.4.3 審理員意見書
審理員は、審理手続を終結したときは、遅滞なく、審理の経過、審査請求人及び処分庁等の主張、争点、法令の適用その他審査庁の判断に資する事項を記載した意見書(以下「審理員意見書」という)を作成し、事件記録とともに審査庁に提出しなければなりません(40条1項)。
審理員意見書には、審理員の処分についての判断も記載されます。ただし、この判断は参考意見であり、審査庁を拘束するものではありません。
審理員意見書は、審査庁による裁決において重要な参考資料となり、審理の公正性と透明性の確保に寄与します。
3.5 行政不服審査会と答申
3.5.1 行政不服審査会の設置と構成
行政不服審査会は、審査庁が裁決を行うに当たり、公正性・専門性を確保するため、第三者機関として設置されています(81条以下)。
行政不服審査会は、内閣府に置かれ、会長及び委員10人以内で組織されます(81条2項)。会長及び委員は、優れた識見を有する者のうちから、内閣総理大臣が任命します(82条1項)。
委員の任期は2年とし、再任されることができます(82条2項)。委員は、独立してその職務を行い、在任中、政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をしてはなりません(83条)。
3.5.2 諮問と答申
諮問を要する場合として、各大臣等は、法律又は政令により、その所轄の下級行政機関がした処分について審査請求がされた事件の裁決をしようとするときは、あらかじめ、行政不服審査会に諮問しなければなりません(43条1項本文)。
ただし、以下の場合は諮問を要しません(43条1項ただし書):
- 審理員意見書において、審査請求を棄却すべきものとされた事件で、当該意見書の見解と同一の理由により事件を裁決しようとするとき
- 裁決で審査請求の全部を認容し、当該審査請求に係る処分を取り消す(変更する)とき
答申の内容について、行政不服審査会は、諮問を受けた事件について調査審議し、審査庁の判断に対する意見を述べます(43条2項)。答申は、事件記録、審理員意見書その他の関係資料に基づいて行われます。
答申の尊重について、審査庁は、答申を十分に尊重して裁決を行わなければなりません(43条3項)。答申は審査庁を法的に拘束するものではありませんが、その専門性・中立性から、実際上は答申に従った裁決が行われることが多いです。
3.6 裁決の効力
3.6.1 裁決の種類
審査請求に対する裁決には、以下の種類があります:
- 棄却裁決:審査請求が理由がないとして退ける裁決(46条1項)
- 認容裁決:審査請求が理由があるとして処分を取り消し又は変更する裁決(46条2項)
- 却下裁決:審査請求が不適法として却下する裁決(45条1項)
認容裁決には、取消裁決と変更裁決があります。取消裁決は処分を全部又は一部取り消すものであり、変更裁決は処分を変更するものです。
3.6.2 裁決の効力
裁決の確定について、裁決は、審査請求人、処分庁等及び関係人に対し、裁決書の謄本が送達されることによって効力を生じます(51条1項)。
裁決の拘束力について、処分庁等は、取消裁決又は変更裁決に拘束されます(52条1項)。これにより、処分庁は裁決の内容に従って必要な措置を講じなければなりません。
再審査請求の制限について、裁決に対しては、再度の審査請求(再審査請求)をすることはできません。ただし、法律に再審査請求をすることができる旨の定めがある場合は、この限りではありません(5条1項)。
取消訴訟との関係について、裁決に不服がある者は、裁決について取消訴訟を提起することができます。また、原処分と裁決を併せて争うことも可能です。
第4章 行政事件訴訟法:司法の視点を理解
4.1 行政事件訴訟の種類
4.1.1 行政事件訴訟の体系
行政事件訴訟法は、行政事件訴訟を以下の7つの類型に分類しています(3条):
- 取消訴訟(抗告訴訟)
- 無効等確認訴訟(抗告訴訟)
- 不作為の違法確認訴訟(抗告訴訟)
- 義務付け訴訟(抗告訴訟)
- 差止訴訟(抗告訴訟)
- 当事者訴訟
- 民衆訴訟
このうち、1から5までを抗告訴訟といい、行政事件訴訟の中核を成しています。
4.1.2 取消訴訟
取消訴訟は、行政庁の処分の取消しを求める訴訟です(3条2項)。これは行政事件訴訟の中で最も基本的かつ重要な訴訟類型であり、実務上も最も多く利用されています。
取消訴訟の対象となる「処分」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいいます(3条2項)。これには、許可・認可・免許等の授益処分、営業停止・免許取消等の侵益処分のほか、確認処分なども含まれます。
取消訴訟の特徴として、以下の点が挙げられます:
- 処分の違法性のみを審査対象とする(不当性は原則として審査対象外)
- 処分の取消しという形成的効果を求める
- 厳格な出訴要件が定められている
4.1.3 無効等確認訴訟
無効等確認訴訟は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の全部又は一部の無効又は不存在の確認を求める訴訟です(3条4項)。
この訴訟が認められる場面は、以下のような場合です:
- 処分に重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効である場合
- 取消訴訟の出訴期間が経過したが、処分が無効である場合
- その他現在の法律関係を確定する法的利益がある場合
4.1.4 義務付け訴訟
義務付け訴訟は、行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき、行政庁に対し、その処分をすべき旨を命ずることを求める訴訟です(3条6項)。
義務付け訴訟には、申請に対する拒否処分の取消訴訟とあわせて提起する申請型義務付け訴訟(37条の2第1項)と、取消訴訟を経ることなく単独で提起する非申請型義務付け訴訟(37条の2第5項)があります。
4.1.5 差止訴訟
差止訴訟は、行政庁が一定の処分をしようとする場合において、その処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあるとき、行政庁に対し、その処分をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟です(3条7項)。
差止訴訟は予防的権利救済制度として位置づけられ、事前の権利保護を図るものです。
4.2 訴えの提起要件
4.2.1 原告適格
原告適格とは、当該訴訟について具体的に訴えを提起する資格をいいます。取消訴訟においては、「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」でなければ、取消訴訟を提起することができません(9条1項)。
法律上の利益があるかどうかは、以下の基準により判断されます(9条2項):
- 当該処分の根拠となった法令の規定の文言のみによることなく
- 当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し
- この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し
- 当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がされることにより害されることとなる利益の内容及び程度並びにこれが害される範囲及び態様をも勘案する
この基準は、従来の判例法理を成文化したものです。
第三者の原告適格については、近年、判例により次第に拡大される傾向にあります。特に、環境関係や都市計画関係の事案において、周辺住民の原告適格が認められる場合が増えています。
4.2.2 訴えの利益
訴えの利益とは、判決によって原告の法的地位に何らかの回復を図る実益があることをいいます。訴えの利益を欠く場合、訴えは不適法として却下されます。
取消訴訟における訴えの利益については、以下のような場合に問題となります:
- 処分が既に撤回・取消しされた場合
- 処分の効力が失われた場合(期間経過等)
- 処分が執行されて回復不能な状態となった場合
ただし、処分が撤回・取消しされた場合でも、同種の処分が繰り返される蓋然性がある場合や、処分の違法性を確認する必要性が高い場合には、訴えの利益が認められることがあります。
4.2.3 出訴期間
出訴期間は、取消訴訟の提起期間の制限をいいます。取消訴訟は、処分があったことを知った日から6月以内に提起しなければなりません(14条1項)。また、処分があった日から1年を経過したときも、原則として取消訴訟を提起することができません(14条2項)。
ただし、正当な理由があるときは、上記の期間を経過した後でも取消訴訟を提起することができます(14条3項)。正当な理由の判断は、個別具体的な事情を総合考慮して行われます。
教示制度について、行政庁は、処分をする際に、取消訴訟の提起に関する事項を書面で教示しなければなりません(46条1項)。教示を怠った場合や誤った教示をした場合には、出訴期間の制限は適用されません(14条3項)。
4.3 訴訟手続の進行
4.3.1 管轄
土地管轄について、取消訴訟は、第一審として、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する高等裁判所又は地方裁判所の管轄に属します(12条1項)。ただし、法律に特別の定めがある場合には、その定めによります。
国を被告とする取消訴訟は、原則として東京高裁又は東京地裁の専属管轄となります。地方公共団体を被告とする場合は、当該地方公共団体の所在地を管轄する高裁又は地裁の管轄となります。
事物管轄については、取消訴訟は原則として地方裁判所の管轄ですが、重要又は複雑な事件については高等裁判所が第一審として管轄します(12条2項、3項)。
4.3.2 被告
取消訴訟の被告は、国又は地方公共団体です(11条1項)。処分庁個人が被告となることはありません。
国の機関がした処分については国が被告となり、地方公共団体の機関がした処分については当該地方公共団体が被告となります。
4.3.3 審理の原則
行政事件訴訟においても、民事訴訟の原則が基本的に適用されます。
弁論主義について、当事者が主張しない事実は、裁判所は判決の基礎とすることができません。また、当事者に争いのない事実は、裁判所はその事実を判決の基礎としなければなりません。
職権探知主義的要素として、行政事件訴訟においては、裁判所が職権で証拠調べを行うことができるとされています(23条)。これは、行政事件の公益性に鑑み、真実発見を促進するためです。
釈明権について、裁判所は、訴訟関係を明確にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いただし、又は立証を促すことができます(23条の2)。
4.4 判決の効力
4.4.1 判決の種類
行政事件訴訟における判決には、以下の種類があります:
- 請求認容判決:原告の請求を認める判決
- 請求棄却判決:原告の請求を実体的に理由がないとして棄却する判決
- 訴え却下判決:訴えが不適法であるとして却下する判決
取消訴訟における請求認容判決は、処分を取り消す形成判決です。
4.4.2 取消判決の効力
形成力について、取消判決が確定すると、当該処分は遡及的に消滅します。これにより、処分は初めから存在しなかったことになります。
拘束力について、取消判決には、関係行政庁を拘束する効力があります(33条1項)。関係行政庁は、判決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をし、又は処分を行わなければなりません。
第三者効について、取消判決の効力は、第三者に対しても及びます(32条1項)。ただし、第三者が判決の確定前に当該処分の効力を前提として取得した権利は、これによって害されません(32条2項)。
第5章 要件事実・事実認定論:特定行政書士試験の肝
5.1 要件事実の意義・役割
5.1.1 要件事実論とは
要件事実とは、権利又は法律関係の発生・変更・消滅の要件として、法規が規定する具体的事実をいいます。より平易に言えば、法律効果を発生させるために必要な事実のことです。
要件事実論は、民事訴訟法学において発達した理論ですが、行政事件訴訟においても、立証責任の分配、争点整理、事実認定等の場面で重要な役割を果たします。特に、特定行政書士試験においては、この分野の理解が合否を分ける重要なポイントとなります。
5.1.2 要件事実の機能
要件事実論には、以下のような機能があります:
- 争点整理機能:当事者間で争われている事実を明確にする
- 立証責任分配機能:どちらの当事者がいかなる事実を立証すべきかを明確にする
- 事実認定の指針機能:裁判官が認定すべき事実の範囲を明確にする
- 判決書作成の指針機能:判決理由中での事実認定の記載方法を明確にする
5.1.3 要件事実と間接事実
要件事実は、法律効果の発生に直接必要な事実(主要事実)です。これに対し、間接事実は、主要事実の存否を推認させる事実です。
例えば、取消訴訟において処分の違法性(主要事実)を立証するために、処分理由の不存在、手続違反の事実などの間接事実が用いられます。
経験則は、間接事実から主要事実を推認する際に用いられる一般的・類型的知識です。「通常人であれば」「社会通念上」といった判断基準がこれに該当します。
5.2 弁論主義と主張責任・立証責任
5.2.1 弁論主義
弁論主義とは、当事者が法廷で主張・立証した事実のみを判決の基礎とし、当事者が主張しない事実は、たとえ裁判官が知っていても判決の基礎としてはならないという原則です。
弁論主義は、以下の三つの内容から構成されます:
- 職権探知の禁止:裁判官は、当事者が主張しない事実を職権で調査してはならない
- 自白の拘束力:当事者間に争いのない事実については、裁判所はその事実を判決の基礎としなければならない
- 職権証拠調べの禁止:裁判所は、当事者が申し出ない証拠について職権で証拠調べをしてはならない
5.2.2 行政事件訴訟における弁論主義の修正
行政事件訴訟においては、職権探知主義的要素が部分的に導入されています(行政事件訴訟法23条)。
この規定により、裁判所は以下のことができます:
- 職権による証拠調べ
- 当事者本人の尋問の実施
- 鑑定の命令
- 検証の実施
ただし、これは弁論主義を全面的に排除するものではなく、あくまで職権証拠調べの権限を認めたものに過ぎません。事実の主張については、依然として弁論主義が適用されます。
5.2.3 主張責任
主張責任とは、一定の事実について当事者のいずれが主張すべきかという責任の分配をいいます。
主張責任の分配は、原則として立証責任の分配と一致します。すなわち、ある事実について立証責任を負う当事者が、その事実についての主張責任も負います。
5.2.4 立証責任(証明責任)
立証責任とは、ある事実の存否が不明(真偽不明)の場合に、その不利益を負担する責任をいいます。
立証責任には、客観的立証責任と主観的立証責任の区別があります:
- 客観的立証責任:事実の真偽不明の場合の不利益負担(本来の立証責任)
- 主観的立証責任:特定の事実を立証する責任・必要性
5.3 立証責任の分配
5.3.1 立証責任分配の原則
立証責任の分配については、以下の原則があります:
- 法律要件分類説:権利発生要件事実は権利者側、権利阻却要件事実は相手方が立証責任を負う
- 法条競合説:互いに相反する法条のうち、自己に有利な法条の要件事実を各自が立証する
- 結果責任説:敗訴という結果を回避したい当事者が立証責任を負う
現在の通説・判例は、法律要件分類説を基調としつつ、具体的事案に応じて柔軟に判断しています。
5.3.2 行政事件訴訟における立証責任の特殊性
行政事件訴訟においては、以下のような立証責任の特殊性があります:
処分の適法性の立証責任について、処分の違法性は原告(処分の相手方等)が主張・立証すべきが原則です。しかし、処分の根拠事実や判断過程については、処分庁側により詳細な資料があることが多いため、処分庁に一定の主張・立証責任を課す場合があります。
裁量処分の審査において、処分庁は、裁量判断の合理性を基礎づける事実について主張・立証する責任を負います。特に、考慮すべき事項を適切に考慮したか、考慮すべきでない事項を考慮していないかについて、具体的に明らかにする必要があります。
処分理由の差替えについて、処分時に示された理由と異なる理由を後から主張することは、原則として許されません(処分理由の差替えの禁止)。
5.4 民事訴訟と行政事件訴訟の比較
5.4.1 訴訟物
民事訴訟では、訴訟物は民法上の具体的権利(債権、物権等)です。
行政事件訴訟では、取消訴訟の訴訟物は「処分の取消し」という形成的効果を求める権利です。これは、処分の違法性という抽象的な法律関係ではなく、具体的な処分行為の取消しを求める権利です。
5.4.2 審査対象
民事訴訟では、当事者間の私法上の権利義務関係が審査対象となります。
行政事件訴訟では、行政処分の適法性が審査対象となります。処分時における法律・事実状況を基準として、処分の適法性が判断されます(処分時判断原則)。
5.4.3 判決の効力
民事訴訟の確定判決は、当事者間での既判力を有します(民事訴訟法114条)。
行政事件訴訟の取消判決は、第三者に対しても効力を有します(行政事件訴訟法32条)。また、関係行政庁に対する拘束力も認められています(同法33条)。
5.5 事実認定の重要性・裁判官の思考方法
5.5.1 事実認定の意義
事実認定とは、証拠に基づいて、訴訟において必要な事実の存否を確定することをいいます。事実認定は、法適用の前提として極めて重要な意味を持ちます。
「事実認定に始まり事実認定に終わる」と言われるように、適切な事実認定こそが適正な裁判の基盤となります。
5.5.2 裁判官の思考過程
裁判官は、概ね以下のような思考過程を経て事実認定を行います:
- 争点の把握:当事者間で争いのある事実を整理
- 証拠の収集・整理:提出された証拠を法的観点から整理
- 証拠の評価:各証拠の証明力を評価
- 事実の認定:証拠に基づいて事実の存否を判断
- 法の適用:認定した事実に法律を適用して結論を導出
5.5.3 自由心証主義
自由心証主義とは、事実の認定を裁判官の自由な判断に委ねる制度です(民事訴訟法247条)。これにより、裁判官は証拠の証明力を自由に評価することができます。
ただし、「自由」とはいっても、論理則、経験則、科学的知見に従った合理的な判断でなければなりません。
5.6 事実認定の工夫・証拠評価
5.6.1 証拠の種類と特徴
証拠には、以下のような種類があります:
書証:
- 公文書:強い証明力を有する(公文書の推定、民事訴訟法228条)
- 私文書:作成者の立場、作成の動機・経緯等を考慮して証明力を評価
人証:
- 当事者本人:利害関係があるため証明力は相対的に低い
- 証人:中立的立場の証人の証言は高い証明力を有する
- 鑑定人:専門的知見に基づく意見として重要
検証:
- 裁判官が直接五感によって事実を認識する証拠調べ
- 客観性が高く、強い証明力を有する
5.6.2 証拠評価の視点
証拠を評価する際の主要な視点は以下のとおりです:
- 証拠の信用性:証拠が真実を表しているか
- 証拠の関連性:立証すべき事実との関連性
- 証拠の証明力:事実認定にどの程度寄与するか
書証の信用性については、以下の要素を検討します:
- 作成者の地位・立場
- 作成の目的・動機
- 作成時期(事実に近い時期ほど信用性が高い)
- 記載内容の具体性・詳細性
人証の信用性については、以下の要素を検討します:
- 証言者の利害関係
- 記憶の正確性
- 証言の一貫性
- 他の証拠との整合性
5.6.3 間接証拠による事実認定
直接証拠が得