AI導入を検討するとき、「今の業務をそのままAIに置き換えれば、効率化できるのではないか」と考える場面があります。手入力や確認作業の一部は、AIによって支援できる可能性があります。一方で、現在の業務の流れに不要な作業、重複、差し戻し、待ち時間が含まれている場合、そのまま自動化しても、期待していたほど業務全体が進めやすくならないことがあります。今回のテーマは、AIを入れる前に業務の流れを見直すBPRの基本です。
このセクションでは、AI導入とBPRの関係を初級者向けに整理します。BPRとは、業務の進め方そのものを見直し、目的に対してよりよい流れを考える取り組みです。前回までに整理したAs-Is、つまり現在の業務と、To-Be、つまり目指す業務の間にある差を見ながら、「どこをAI化するか」だけでなく、「そもそも見直した方がよい流れはないか」を確認していきます。
今回は、大規模な組織改革や詳細なシステム導入方法には踏み込みません。事業会社の担当者・責任者が社内で説明しやすいように、業務改革にAIをどう組み合わせるか、AI導入前に業務見直しを行う理由、生成AIを業務改善に活かすときの考え方を扱います。
BPRとは、業務の進め方を見直す考え方
BPRは、Business Process Re-engineeringの略で、日本語では業務プロセス改革と呼ばれることがあります。少し大きな言葉に聞こえますが、初級段階では「仕事の目的に立ち返り、業務の流れを見直す考え方」と捉えると理解しやすくなります。
AI導入におけるBPRは、単に人が行っている作業をAIに置き換えることではありません。現在の業務を観察しながら、「この作業は何のためにあるのか」「同じ情報を何度も入力していないか」「確認や承認の順番は適切か」「差し戻しが多い理由は何か」といった点を整理していきます。
たとえば、申請書の確認業務を考えてみましょう。申請内容を担当者が確認し、不備があれば申請者へ差し戻し、修正後に再確認する業務です。このとき、AIに確認案を作らせることは一つの選択肢になります。ただし、その前に、確認項目が多すぎないか、似たような確認を複数部署で行っていないか、差し戻し理由が担当者ごとにばらついていないかを整理すると、AIを使う範囲や期待する効果を考えやすくなります。
図解:そのまま自動化する前に見るべき流れ
AI導入では、現在の作業をそのまま置き換える前に、目的・流れ・見直し候補を確認すると、導入対象を判断しやすくなります。
この業務は何を達成するために行っているのかを整理します。
入力、確認、承認、差し戻し、記録の流れを見える化します。
残す作業、減らす作業、AIで支援する作業を分けて考えます。
この図で読み取っていただきたい点は、AI活用の検討を業務理解の後に置くということです。最初からツール名や機能に合わせるのではなく、業務の目的と流れを確認したうえで、AIが支援しやすい部分を考えます。
AI導入とBPRは、密接に関係します。AIは、文章の要約、分類、確認案の作成、問い合わせ対応案の作成などに役立つ可能性があります。一方で、業務の流れそのものに無理がある場合、AIを入れても確認待ちや差し戻しが残り、現場の負担感が大きく変わらないこともあります。そのため、AI導入前に業務を見直すことは、効果を考えるための土台になります。
実務での考え方:不要な作業・重複・待ち時間を見つける
事業会社でAI導入を検討する場合、まずは現在の業務を否定するのではなく、業務の流れを一緒に整理する姿勢が大切です。現場には、過去の経緯、監査対応、顧客対応、社内ルールなどの理由で続いている作業があります。外から見ると非効率に見える作業でも、現場にとって必要な意味を持っている場合があります。
そのため、BPRでは「この作業をなくしましょう」と急に決めるのではなく、「この作業は何を守るためにあるのか」「目的に対して、今の方法が合っているか」「別の方法でも同じ目的を満たせるか」を確認していきます。最初から完璧に決める必要はありません。できる範囲から確認していくと、社内で検討を進めやすくなります。
見直し候補になりやすい作業
AI導入前の業務見直しでは、次のような作業が見直し候補になりやすいです。これらは、すべて削るべき作業という意味ではありません。目的に照らして、残す、減らす、順番を変える、AIで支援する、といった選択肢を整理するための入口です。
| 見直し候補 | 確認したいこと | AI活用を考える前の整理例 |
|---|---|---|
| 確認待ち | 誰の確認で止まっているか、確認の目的は何か | 確認者、確認項目、承認基準を整理する |
| 差し戻し | どの理由で差し戻しが多いか、事前案内で減らせるか | 差し戻し理由を分類し、申請者に伝える基準を整える |
| 手入力 | 入力元の情報はどこにあるか、形式は統一されているか | 入力項目を減らせるか、既存データを使えるか確認する |
| 転記 | 同じ内容を別の表やシステムへ移していないか | 転記先、転記目的、記録として必要な範囲を確認する |
| 二重管理 | Excel、メール、システムなどで同じ情報を別々に管理していないか | 正本となる情報源を決め、更新ルールを整理する |
たとえば、総務部門で社内申請書を確認する場合、AIに「不備の有無を確認させる」ことだけを考えると、確認項目が多いまま残る可能性があります。そこで、まず差し戻し理由を過去の記録から整理してみます。添付漏れが多いのか、記入形式の誤りが多いのか、承認者の選択ミスが多いのかによって、打ち手は変わります。
添付漏れが多いのであれば、AIによる確認案作成の前に、申請フォームの案内文や必須項目の設計を見直す方が効果を考えやすい場合があります。記入内容の判断が難しいのであれば、AIに確認観点の候補を出させることが役立つかもしれません。承認者の選択ミスが多いのであれば、ワークフローの分岐ルールを見直す方が先かもしれません。
比較図:そのままAI化する場合と、BPRを挟む場合
同じ「申請書確認のAI活用」でも、業務見直しを挟むかどうかで、検討の焦点が変わります。
そのままAI化する考え方
- 現在の確認項目を前提にする
- 既存の差し戻し手順を残す
- AIに確認案を出させることを先に考える
- 確認待ちや二重管理が残る可能性がある
BPRを挟む考え方
- 確認項目の目的を整理する
- 差し戻し理由を分類する
- 残す作業と減らす作業を分ける
- AIで支援する範囲を説明しやすくなる
この比較で重要なのは、BPRが「現場の作業を減らすためだけのもの」ではないという点です。目的に対して必要な作業を残し、重複や待ち時間を整理することで、AI導入後の業務を考えやすくします。
よくあるつまずき:AIで解く問題と、業務設計で解く問題を分ける
AI導入の検討では、「AIで何ができますか」という問いから始まることがあります。この問い自体は自然なものです。ただし実務では、AIで支援できる問題と、業務設計を見直した方が考えやすい問題が混ざっていることがあります。
つまずき1:作業量が多い理由を見ないままAI化を考える
作業量が多い業務は、AI活用の候補になりやすいです。ただし、作業量が多い理由が、不要な確認項目、同じ情報の転記、承認ルートの複雑さにある場合、AIだけで解決しようとすると、業務全体の負担が残りやすくなります。
まずは現在の状況を整理してみましょう。作業そのものに時間がかかっているのか、確認待ちが長いのか、差し戻しが多いのか、入力ミスの修正に時間がかかっているのかを分けるだけでも、検討の方向性が見えやすくなります。
つまずき2:現場の作業を一方的に減らそうとする
BPRという言葉を使うと、現場の作業を大きく削る取り組みのように受け止められることがあります。しかし、AI導入前の業務見直しでは、現場で必要な作業を無理に削ることが目的ではありません。むしろ、現場が何を確認し、どこで迷い、どの情報があると判断しやすいのかを明らかにすることが大切です。
担当者にヒアリングするときは、「なぜこの作業をしているのですか」と問い詰めるよりも、「この確認は何を防ぐためのものですか」「どのような場合に判断が難しくなりますか」と聞く方が、実務に必要な情報を引き出しやすくなります。
つまずき3:例外対応を見落とす
定型的な作業だけを見ると、AI導入の対象を決めやすく見える場合があります。しかし、実務では例外対応が重要です。申請書の内容が不足している場合、過去に似たケースがある場合、部署によって運用が少し違う場合など、担当者の判断が入る場面があります。
例外対応をすべてこの回で整理しきる必要はありません。ただし、AIに任せる範囲、人が確認する範囲、記録として残す範囲を考えるために、どのような例外があるかを把握しておくと、後続のワークフロー設計につなげやすくなります。
補足:BPRは「いまの業務を否定すること」ではありません。現在の業務には、これまでの事情や工夫が含まれています。その前提を尊重しながら、目的に対して今の進め方が合っているかを一緒に確認することが、AI導入を業務改善につなげる第一歩になります。
経営者・責任者向けの確認ポイント
経営者や責任者の立場では、AI導入を単なる効率化施策として見るだけでなく、業務の流れを改善する機会として捉えることが大切です。特に、現場の作業時間だけでなく、確認待ち、差し戻し、二重管理、判断基準のばらつきにも目を向けると、投資対効果を説明しやすくなります。
たとえば、申請書確認業務でAIを使う場合、「確認時間を何分短縮できるか」だけではなく、「差し戻し理由を整理できるか」「確認基準を共有しやすくなるか」「担当者が迷う場面を減らせるか」といった観点も確認しておくとよいでしょう。
また、BPRを進める際には、現場の協力が欠かせません。責任者が「AIで置き換える」という表現だけを使うと、現場に不安が生まれることがあります。社内説明では、「必要な確認は残しながら、重複や待ち時間を整理する」「判断しやすい業務の流れを一緒に作る」といった表現にすると、検討の目的が伝わりやすくなります。
AI導入支援者としての着眼点
AI導入コンサルタントを目指す人や、社内で推進役を担う人は、顧客や現場の既存業務をそのまま自動化しない視点を持つことが重要です。最初のヒアリングでは、AIで何をしたいかだけでなく、業務の目的、入力情報、判断基準、差し戻し理由、記録の残し方を確認します。
支援者としては、「この業務はAI化できます」と早く結論づけるよりも、「現在の流れのどこに負担があるか」「AIで支援するとしたら、どの作業を助けると現場が使いやすいか」を整理することが求められます。資料がそろっていない段階でも、業務の流れから整理できます。業務フロー図やチェック項目の一覧がなくても、担当者へのヒアリングを通じて、確認待ちや差し戻しのポイントを見つけることができます。
また、BPRの考え方は、後続のワークフロー設計やAI導入対象選定につながります。どの作業をAIに支援させるか、どこで人が確認するか、どの記録を残すかは、業務の流れを見直してからの方が判断しやすくなります。
ミニチェックリスト:AI導入前に確認したいBPRの視点
自社の業務を見直すときは、次の項目を確認してみてください。すべてを一度に整理する必要はありません。まずは、検討対象の業務について分かる範囲から確認すると、社内で説明しやすくなります。
- この業務の目的を、関係者が同じ言葉で説明できるか
- 同じ情報を複数の表、システム、メールに転記していないか
- 確認待ちが発生している箇所と、その理由を把握しているか
- 差し戻し理由を分類し、よくある原因を確認しているか
- 手入力している項目のうち、既存データを使えるものがないか
- 現場で必要な確認作業と、重複している確認作業を分けているか
- AIで支援する作業と、人が判断する作業を分けて考えられるか
まとめ:AIを入れる前に、業務の流れを整える
AI導入とBPRを組み合わせて考えるうえで大切なのは、現在の業務をそのままAIに置き換えるのではなく、業務の目的と流れを確認したうえで、見直し候補を整理することです。確認待ち、差し戻し、手入力、転記、二重管理などは、AI導入前に確認しておくと、改善の方向性を考えやすくなります。
AI導入は、単なる自動化ではなく、業務改革の一部として捉えることができます。現場で必要な作業を尊重しながら、目的に対して必要か、重複していないか、判断しやすい流れになっているかを一緒に整理していくことが大切です。
次回は、業務見直しの中でも特に重要な「属人化した判断基準の言語化」を扱います。AIに確認案や回答案を作らせる場合でも、人によって判断がばらつく基準を整理しておくと、活用範囲を検討しやすくなります。
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