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第4-5回 任意後見契約業務

本人意思・判断能力確認
契約前に「本当に理解しているか」を見極める

本人のうなずきだけで進めない。任意後見契約の内容、受任者、代理権、報酬、任意後見監督人、開始時期を本人の言葉で確認し、疑義があれば保留・連携へ進める必要があります。

対象:新人行政書士読了目安:約25分質問例・面談記録例・ケーススタディ収録
前回までの要点確認 初回相談では、本人に任意後見制度を説明し、生活状況、支援ニーズ、家族関係、受任者候補、関連契約の必要性を確認しました。本回では、契約内容を具体化する前に、本人が任意後見契約を締結できる状態かを確認します。

1. この回の到達目標

  • 本人が任意後見契約の基本構造を理解しているか確認できる
  • 本人が「誰に」「何を」「いつから」任せるのかを自分の言葉で説明できるか確認できる
  • 同席親族や支援者の影響を受けた意思表示ではないかを見極められる
  • 本人のうなずき、同意、署名だけで理解ありと判断しない姿勢を身につける
  • 意思能力に疑義がある場合に、受任保留、医師確認、公証役場への事前相談、成年後見制度の検討へ進められる
  • 後日の紛争に備え、本人確認・意思確認・判断能力確認の記録を残せる

2. この業務が必要になる実務場面

高齢の本人から依頼があった場合

高齢であること自体は契約を妨げる理由ではありません。重要なのは、年齢ではなく、本人が契約内容を理解し、合理的に判断できるかです。

注意すべき兆候 同じ説明を何度も忘れる、今日の日付や面談場所が分からない、財産の大まかな内容を説明できない、受任者候補をなぜ選ぶのか説明できない、親族が本人の代わりに回答する、本人が「息子がそう言うから」としか言わない場合は慎重対応とします。

親族や支援者が相談を主導している場合

相談は長男、長女、甥姪、内縁配偶者、ケアマネジャー、施設職員、近隣支援者から始まることがあります。この場合、行政書士は「相談者の希望」と「本人の意思」を分けて把握します。

  • 「母は分かっていないので、私が説明します」
  • 「本人には難しい話をしないでください」
  • 「早く契約しないと困るんです」
  • 「兄弟に知られる前に進めたい」
  • 「本人確認は形だけで大丈夫です」

おひとりさま・おふたりさま特有の事情

おひとりさまは、頼れる親族がいない、親族と疎遠、配偶者死亡後の支援者がいない、施設入所や死後事務も不安という事情を抱えやすいです。おふたりさま、特に高齢夫婦、事実婚、同性パートナー、子のいない夫婦では、一方が認知症等になった場合に、もう一方だけでは支えきれないことがあります。

確認の軸 本人が任せる範囲を理解しているか、受任者を本当に信頼しているか、報酬や費用負担を理解しているか、任意後見契約と死後事務・身元保証・医療意思表示を混同していないかを確認します。

3. 基本知識

任意後見契約で本人意思確認が重要な理由

任意後見契約は、将来の本人の財産管理や生活支援に関わる重大な契約です。本人が十分に理解しないまま契約すると、親族から「本人は分かっていなかった」と争われる、公証役場で作成を断られる、任意後見監督人選任申立ての段階で問題視される、行政書士の説明義務・注意義務違反を問われるといった問題が起こります。

図解|本人が理解すべき6つの柱
契約内容将来、判断能力が低下したときに備える契約。今すぐ任意後見が始まるわけではない。
受任者誰を任意後見受任者にするのか、なぜその人を選ぶのかを説明できる。
代理権預貯金、介護契約、施設入所契約等のうち、契約で定めた範囲に限られる。
報酬・費用受任者報酬、監督人報酬、公正証書費用、専門職報酬が本人財産から支払われ得る。
監督人家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、任意後見人を監督する。
開始時期契約締結日ではなく、監督人選任後に効力が発生する。

行政書士が診断してはいけない

行政書士は医師ではないため、認知症の有無や医学的診断をする立場ではありません。実務上行うのは、契約内容を理解できているか、本人の自由意思があるか、契約を進めると危険な兆候がないかを確認し、必要に応じて医師・公証人・他士業へつなぐことです。

4. 実務の進め方

図解|本人意思確認面談の基本順序
1 本人確認
本人確認書類、氏名、生年月日、住所、面談目的を確認する。
2 同席者確認
誰が同席しているか、相談開始者は誰か、本人が同席を望んでいるか確認する。
3 単独面談
本人だけに話を聞く時間を確保し、自由意思への影響を排除する。
4 理解確認
契約内容、受任者、代理権、報酬、監督人、開始時期を本人の言葉で説明してもらう。
5 疑義判断
判断能力・誘導・利益相反・急がせる事情を確認し、進行・再面談・保留を決める。
6 記録化
本人発言、同席者発言、行政書士の説明、判断理由を具体的に残す。

同席者がいる場合の進め方

面談冒頭で「本日は、ご本人が内容を理解し、ご自身の意思で契約を希望されているかを確認します。ご家族のご意見も後ほど伺いますが、まずはご本人のお考えを確認します」と説明します。

避ける対応
  • 親族の回答を本人意思として扱う
  • 本人がうなずいたので理解ありとする
  • 親族が急ぐ事情に合わせて公証役場予約へ進む
正しい対応
  • 本人に直接質問する
  • 本人単独面談を設ける
  • 同席者の誘導発言を記録する
  • 疑義があれば受任保留にする

本人に自分の言葉で説明してもらう

「分かりましたか」に対する「はい」は理解確認として弱いです。必ず「この契約はどのような時のためのものですか」「誰に何を任せたいですか」「いつから効力が出ると理解していますか」と尋ね、本人の言葉で説明してもらいます。

5. ヒアリング項目

確認分野 質問例 見るポイント
面談目的 今日はどのような相談で来られましたか。 行政書士に任意後見契約の相談をしていることを理解しているか。
契約内容 任意後見契約とは、どのような時に使う契約だと理解されていますか。 将来判断能力が低下した場合の備えと理解しているか。
受任者 任意後見受任者には、どなたを希望されていますか。なぜその方ですか。 本人が候補者を認識し、選定理由を説明できるか。
代理権 将来、その方にどのような手続を頼みたいですか。 預貯金、施設、介護、福祉手続などを区別できるか。
報酬 受任者報酬や監督人報酬が本人財産から支払われる可能性を理解していますか。 費用負担を理解しているか。報酬額が受任者主導でないか。
監督人 任意後見監督人はどのような役割の人だと思いますか。 任意後見人を監督する第三者が入ることを理解しているか。
開始時期 この契約は、いつから実際に動き出すと理解されていますか。 契約締結日と効力発生日を混同していないか。
自由意思 契約するよう強く言われたことはありますか。今日決めずに考えることもできますが、どうされますか。 強制、誘導、威圧、依存関係がないか。
新人が最も注意すべき点 本人の「はい」「お願いします」「任せます」は、理解の証拠ではありません。本人が、契約の意味・受任者・代理権・報酬・監督人・開始時期を自分の言葉で説明できるかを確認します。

6. 判断フロー

図解|判断能力に不安がある場合の対応
違和感を記録
説明を忘れる、受任者を取り違える、回答が一貫しない、同席者を見るなどを具体的に記録。
その場で進めない
公証役場予約、契約案確定、報酬決定を急がない。
再面談
体調のよい日時、短時間、静かな環境、本人単独で再確認。
医師・公証人相談
本人同意を得て診断書等を検討し、公証役場にも事前相談する。
なお疑義あり
任意後見契約の受任を保留。必要に応じて成年後見申立支援を案内する。

進めてよい方向の目安

  • 本人と直接面談でき、契約目的を理解している
  • 受任者を本人が選び、理由を説明できる
  • 代理権・報酬・監督人・開始時期を概略で説明できる
  • 拒否や保留を選べることを理解している
  • 同席者の誘導や威圧がない

受任保留の目安

  • 本人が面談目的を理解していない
  • 「よく分からないが子が言うから」と述べる
  • 説明直後は理解したように見えても、数分後に内容が変わる
  • 同席者が回答を先回りし、単独面談に強く抵抗する
  • 親族間紛争、財産目的、使い込み疑惑がある

7. 作成・確認する書類

書類 目的 記載すべき内容
本人意思確認シート 理解状況の確認 契約内容、受任者、代理権、報酬、監督人、開始時期、自由意思。
面談記録 後日の紛争予防 本人の発言、行政書士の説明、同席者の発言、単独面談の有無。
受任保留説明メモ 誤解防止 契約を拒絶したのではなく、追加確認が必要であること。
公証役場事前相談メモ 公正証書作成前の調整 本人の状態、受任者候補、判断能力の懸念、診断書の有無。
医師確認検討メモ 医学的資料の整理 主治医、診療科、診断名、服薬、本人同意、診断書作成の可否。

8. 文例・記載例

本人に自分の言葉で説明してもらう文例

私から説明した内容を、理解確認のために、ご本人の言葉で簡単に説明していただけますか。正確な法律用語でなくて構いません。この契約は、どのような時のために、誰に、何を任せる契約だと理解されていますか。

受任保留の説明文例

任意後見契約は、将来の財産管理や生活上の手続に関わる重要な契約です。本日お話を伺った限りでは、契約内容についてもう少し確認した方がよい点があります。契約を急いで進めるのではなく、改めて説明と確認の時間を設けたいと思います。

親族・支援者向けの説明文例

任意後見契約は、ご本人の意思と理解を前提に作成する契約です。ご家族のご希望があることは承知しましたが、行政書士としては、ご本人が契約内容、受任者、代理権、報酬、監督人、開始時期を理解しているかを確認する必要があります。本日は契約準備を進めず、追加確認を行ったうえで判断します。

面談記録の記載例:進行可能な方向

記載例

面談日時:令和○年○月○日14時から15時20分。場所:本人自宅。同席者:長女。ただし14時30分から14時55分まで本人単独面談を実施。

本人は、氏名、生年月日、住所、面談目的を自ら説明できた。任意後見契約について「今すぐではなく、将来私が判断できなくなった時に、長女に預金や施設の手続をしてもらうための契約」と説明した。任意後見監督人については「家庭裁判所が選ぶ人が長女を見てくれる」と述べ、監督の趣旨を理解していると判断した。長女が一部回答しようとしたため、本人から回答を得る必要がある旨を説明し制止した。

面談記録の記載例:受任保留

保留記録例

長男から「母は分からないので自分が説明する」と発言あり。本人に面談目的を確認したところ「息子に連れてこられた。何か書くんですか」と回答。任意後見契約について説明後も「息子がやってくれるならそれでいい」「難しいことは分からない」との回答にとどまった。効力発生時期について、説明直後は「将来」と答えたが、数分後には「今日から息子が全部やる」と回答した。本人の自由意思および契約内容の理解に疑義があるため、本日は契約準備を進めない。

9. 他士業・関係機関との連携

連携先 相談・引継ぎが必要な場面
医師 認知症、軽度認知障害、精神疾患の診断がある、回答が一貫しない、介護関係者から判断能力低下の情報がある、公証役場から診断書を求められる可能性がある場合。
公証役場 本人が高齢で判断能力に不安がある、施設・病院での作成を希望する、親族が急がせている、診断書添付の要否に迷う場合。
弁護士 親族間紛争、財産使い込み疑惑、本人への圧力、受任者候補との金銭トラブル、契約有効性が争われる可能性がある場合。
司法書士 不動産登記、成年後見登記、将来の不動産処分、民事信託や生前贈与が絡む場合。
福祉関係者 独居、セルフネグレクト、虐待疑い、介護サービス利用状況、見守り体制の構築が必要な場合。

10. 新人が間違えやすいポイント

  • 本人のうなずきだけで理解ありと判断する
  • 親族の説明を本人意思として扱う
  • 「今日中に必要」「預金を下ろせない」という急ぎに流される
  • 任意後見契約と財産管理等委任契約を混同する
  • 医師の診断書があれば必ず契約できると考える
  • 公証人が確認するから行政書士の事前確認は不要と考える
  • おひとりさま案件で、支援者を無条件に信用する
特に危険な判断 「署名できるから大丈夫」「本人がはいと言ったから大丈夫」「親族が説明しているから大丈夫」は、任意後見契約前の意思確認では通用しません。

11. トラブル予防策

本人単独面談同席者がいる案件では、短時間でも本人だけに確認する時間を設けます。
面談を複数回に分ける判断能力に不安がある場合、1回で結論を出さず理解の継続性を見ます。
簡潔な説明資料法律用語を避け、「将来のため」「今すぐではない」「監督人がつく」と説明します。
受任者候補への説明本人財産は本人のために使うこと、記録・領収書管理が必要なことを説明します。
録音・録画は同意制記録補助として使う場合も、本人の同意を得て、面談記録は別途作成します。

12. ケーススタディ

長男が同席し母の任意後見契約を急がせている場合

82歳の母Aさんについて、長男Bさんから「母は最近物忘れが増えています。まだ署名はできます。施設入所の話もあるので、早く任意後見契約を作りたいです。妹には知らせると反対されるので、できれば早く進めたいです」と相談がありました。

新人がしてはいけない対応

  • Bさんの説明だけで手続を進める
  • Aさんのうなずきを意思確認と扱う
  • 「署名できるなら大丈夫」と判断する
  • 妹に知らせない理由を確認しない
  • 本人単独面談をしない

実務対応

冒頭で「本日はAさんご本人が任意後見契約の内容を理解し、ご自身の意思で契約を希望されているか確認します」と説明します。Bさんが回答を先回りする場合は「今はAさんご本人の理解を確認する時間です」と制止します。そのうえで単独面談を実施し、今日の相談目的、任意後見契約の意味、Bさんに何を任せるのか、なぜBさんを選ぶのか、妹に知らせないことをどう考えるか、契約を急ぐ必要を本人が感じているかを確認します。

保留すべき回答

Aさんが「よく分からない」「長男がそう言うから」「今日から長男が全部やってくれるんでしょう」「施設に入れなくなると困るから署名します」と述べる場合は、任意後見契約の作成支援を進めず、再面談、医師確認、公証役場相談、成年後見申立支援の検討に切り替えます。

13. 実務チェックリスト

面談準備
  • 初回相談記録を確認した
  • 相談開始者を確認した
  • 家族関係・親族対立を確認した
  • 契約を急ぐ事情を確認した
本人確認
  • 本人と直接面談した
  • 本人確認書類を確認した
  • 面談目的を本人が理解していた
  • 本人単独面談を実施した
理解確認
  • 契約目的を本人が説明できた
  • 受任者を選ぶ理由を説明できた
  • 代理権の範囲を理解していた
  • 報酬・費用を理解していた
  • 監督人と開始時期を理解していた
自由意思
  • 強制や誘導がないか確認した
  • 契約を保留できると説明した
  • 同席者の影響を排除した
  • 同席者の誘導発言を記録した
疑義対応
  • 認知症診断や通院歴を確認した
  • 医師確認の要否を検討した
  • 公証役場事前相談を検討した
  • 受任可否の判断理由を記録した

14. 確認テスト

問1

本人が「息子に任せます。詳しいことは分かりません」と述べた場合、契約準備を進めてよいですか。

直ちに進めてはいけません。本人が契約内容、受任者、代理権、開始時期、監督人の役割を理解しているか不明です。本人単独面談を行い、本人の言葉で説明してもらいます。
問2

本人が「今日から長女が通帳を管理する契約」と説明した場合、何を再確認しますか。

効力発生時期の誤解を確認します。任意後見契約は監督人選任後に効力が発生するため、今すぐの財産管理が必要なら財産管理等委任契約との区別を説明します。
問3

高齢であることだけを理由に作成支援を断ってよいですか。

高齢だけでは断る理由になりません。契約内容を理解し、自由意思で契約を希望しているかを確認します。
問4

医師の診断書があれば本人意思確認を省略できますか。

省略できません。診断書は参考資料であり、面談時の理解・自由意思・契約内容との関係を行政書士として確認し記録します。
問5

同席親族が単独面談を拒む場合、どうしますか。

本人の自由意思確認のために必要であると説明します。親族が常に回答を主導する状態では、本人意思確認として不十分であり、受任保留を検討します。

15. 次回への接続

今回の要点 任意後見契約前の本人意思確認では、本人のうなずきではなく、本人自身の説明を重視します。契約内容、受任者、代理権、報酬、監督人、開始時期を理解できているか、同席者の影響を受けていないか、疑義があれば保留できるかが実務上の分岐点です。

次回4-6では、本人意思が確認できた後に、任意後見受任者を誰にするか、親族・専門職・法人・複数受任者の選択、利益相反、適格性、受任者候補への説明事項を扱います。代理権目録の具体的な設計は第4-7回、公正証書内容は第4-11回、公証役場との調整は第4-12回で扱います。

行政書士実務マニュアル|任意後見契約業務 第4-5回

教育・研修目的の記事です。個別案件では最新の法令、家庭裁判所・公証役場の運用、専門職の判断を確認してください。

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