本人意思・判断能力確認
契約前に「本当に理解しているか」を見極める
本人のうなずきだけで進めない。任意後見契約の内容、受任者、代理権、報酬、任意後見監督人、開始時期を本人の言葉で確認し、疑義があれば保留・連携へ進める必要があります。
1. この回の到達目標
- 本人が任意後見契約の基本構造を理解しているか確認できる
- 本人が「誰に」「何を」「いつから」任せるのかを自分の言葉で説明できるか確認できる
- 同席親族や支援者の影響を受けた意思表示ではないかを見極められる
- 本人のうなずき、同意、署名だけで理解ありと判断しない姿勢を身につける
- 意思能力に疑義がある場合に、受任保留、医師確認、公証役場への事前相談、成年後見制度の検討へ進められる
- 後日の紛争に備え、本人確認・意思確認・判断能力確認の記録を残せる
2. この業務が必要になる実務場面
高齢の本人から依頼があった場合
高齢であること自体は契約を妨げる理由ではありません。重要なのは、年齢ではなく、本人が契約内容を理解し、合理的に判断できるかです。
親族や支援者が相談を主導している場合
相談は長男、長女、甥姪、内縁配偶者、ケアマネジャー、施設職員、近隣支援者から始まることがあります。この場合、行政書士は「相談者の希望」と「本人の意思」を分けて把握します。
- 「母は分かっていないので、私が説明します」
- 「本人には難しい話をしないでください」
- 「早く契約しないと困るんです」
- 「兄弟に知られる前に進めたい」
- 「本人確認は形だけで大丈夫です」
おひとりさま・おふたりさま特有の事情
おひとりさまは、頼れる親族がいない、親族と疎遠、配偶者死亡後の支援者がいない、施設入所や死後事務も不安という事情を抱えやすいです。おふたりさま、特に高齢夫婦、事実婚、同性パートナー、子のいない夫婦では、一方が認知症等になった場合に、もう一方だけでは支えきれないことがあります。
3. 基本知識
任意後見契約で本人意思確認が重要な理由
任意後見契約は、将来の本人の財産管理や生活支援に関わる重大な契約です。本人が十分に理解しないまま契約すると、親族から「本人は分かっていなかった」と争われる、公証役場で作成を断られる、任意後見監督人選任申立ての段階で問題視される、行政書士の説明義務・注意義務違反を問われるといった問題が起こります。
行政書士が診断してはいけない
行政書士は医師ではないため、認知症の有無や医学的診断をする立場ではありません。実務上行うのは、契約内容を理解できているか、本人の自由意思があるか、契約を進めると危険な兆候がないかを確認し、必要に応じて医師・公証人・他士業へつなぐことです。
4. 実務の進め方
同席者がいる場合の進め方
面談冒頭で「本日は、ご本人が内容を理解し、ご自身の意思で契約を希望されているかを確認します。ご家族のご意見も後ほど伺いますが、まずはご本人のお考えを確認します」と説明します。
- 親族の回答を本人意思として扱う
- 本人がうなずいたので理解ありとする
- 親族が急ぐ事情に合わせて公証役場予約へ進む
- 本人に直接質問する
- 本人単独面談を設ける
- 同席者の誘導発言を記録する
- 疑義があれば受任保留にする
本人に自分の言葉で説明してもらう
「分かりましたか」に対する「はい」は理解確認として弱いです。必ず「この契約はどのような時のためのものですか」「誰に何を任せたいですか」「いつから効力が出ると理解していますか」と尋ね、本人の言葉で説明してもらいます。
5. ヒアリング項目
| 確認分野 | 質問例 | 見るポイント |
|---|---|---|
| 面談目的 | 今日はどのような相談で来られましたか。 | 行政書士に任意後見契約の相談をしていることを理解しているか。 |
| 契約内容 | 任意後見契約とは、どのような時に使う契約だと理解されていますか。 | 将来判断能力が低下した場合の備えと理解しているか。 |
| 受任者 | 任意後見受任者には、どなたを希望されていますか。なぜその方ですか。 | 本人が候補者を認識し、選定理由を説明できるか。 |
| 代理権 | 将来、その方にどのような手続を頼みたいですか。 | 預貯金、施設、介護、福祉手続などを区別できるか。 |
| 報酬 | 受任者報酬や監督人報酬が本人財産から支払われる可能性を理解していますか。 | 費用負担を理解しているか。報酬額が受任者主導でないか。 |
| 監督人 | 任意後見監督人はどのような役割の人だと思いますか。 | 任意後見人を監督する第三者が入ることを理解しているか。 |
| 開始時期 | この契約は、いつから実際に動き出すと理解されていますか。 | 契約締結日と効力発生日を混同していないか。 |
| 自由意思 | 契約するよう強く言われたことはありますか。今日決めずに考えることもできますが、どうされますか。 | 強制、誘導、威圧、依存関係がないか。 |
6. 判断フロー
進めてよい方向の目安
- 本人と直接面談でき、契約目的を理解している
- 受任者を本人が選び、理由を説明できる
- 代理権・報酬・監督人・開始時期を概略で説明できる
- 拒否や保留を選べることを理解している
- 同席者の誘導や威圧がない
受任保留の目安
- 本人が面談目的を理解していない
- 「よく分からないが子が言うから」と述べる
- 説明直後は理解したように見えても、数分後に内容が変わる
- 同席者が回答を先回りし、単独面談に強く抵抗する
- 親族間紛争、財産目的、使い込み疑惑がある
7. 作成・確認する書類
| 書類 | 目的 | 記載すべき内容 |
|---|---|---|
| 本人意思確認シート | 理解状況の確認 | 契約内容、受任者、代理権、報酬、監督人、開始時期、自由意思。 |
| 面談記録 | 後日の紛争予防 | 本人の発言、行政書士の説明、同席者の発言、単独面談の有無。 |
| 受任保留説明メモ | 誤解防止 | 契約を拒絶したのではなく、追加確認が必要であること。 |
| 公証役場事前相談メモ | 公正証書作成前の調整 | 本人の状態、受任者候補、判断能力の懸念、診断書の有無。 |
| 医師確認検討メモ | 医学的資料の整理 | 主治医、診療科、診断名、服薬、本人同意、診断書作成の可否。 |
8. 文例・記載例
本人に自分の言葉で説明してもらう文例
受任保留の説明文例
親族・支援者向けの説明文例
面談記録の記載例:進行可能な方向
面談日時:令和○年○月○日14時から15時20分。場所:本人自宅。同席者:長女。ただし14時30分から14時55分まで本人単独面談を実施。
本人は、氏名、生年月日、住所、面談目的を自ら説明できた。任意後見契約について「今すぐではなく、将来私が判断できなくなった時に、長女に預金や施設の手続をしてもらうための契約」と説明した。任意後見監督人については「家庭裁判所が選ぶ人が長女を見てくれる」と述べ、監督の趣旨を理解していると判断した。長女が一部回答しようとしたため、本人から回答を得る必要がある旨を説明し制止した。
面談記録の記載例:受任保留
長男から「母は分からないので自分が説明する」と発言あり。本人に面談目的を確認したところ「息子に連れてこられた。何か書くんですか」と回答。任意後見契約について説明後も「息子がやってくれるならそれでいい」「難しいことは分からない」との回答にとどまった。効力発生時期について、説明直後は「将来」と答えたが、数分後には「今日から息子が全部やる」と回答した。本人の自由意思および契約内容の理解に疑義があるため、本日は契約準備を進めない。
9. 他士業・関係機関との連携
| 連携先 | 相談・引継ぎが必要な場面 |
|---|---|
| 医師 | 認知症、軽度認知障害、精神疾患の診断がある、回答が一貫しない、介護関係者から判断能力低下の情報がある、公証役場から診断書を求められる可能性がある場合。 |
| 公証役場 | 本人が高齢で判断能力に不安がある、施設・病院での作成を希望する、親族が急がせている、診断書添付の要否に迷う場合。 |
| 弁護士 | 親族間紛争、財産使い込み疑惑、本人への圧力、受任者候補との金銭トラブル、契約有効性が争われる可能性がある場合。 |
| 司法書士 | 不動産登記、成年後見登記、将来の不動産処分、民事信託や生前贈与が絡む場合。 |
| 福祉関係者 | 独居、セルフネグレクト、虐待疑い、介護サービス利用状況、見守り体制の構築が必要な場合。 |
10. 新人が間違えやすいポイント
- 本人のうなずきだけで理解ありと判断する
- 親族の説明を本人意思として扱う
- 「今日中に必要」「預金を下ろせない」という急ぎに流される
- 任意後見契約と財産管理等委任契約を混同する
- 医師の診断書があれば必ず契約できると考える
- 公証人が確認するから行政書士の事前確認は不要と考える
- おひとりさま案件で、支援者を無条件に信用する
11. トラブル予防策
12. ケーススタディ
82歳の母Aさんについて、長男Bさんから「母は最近物忘れが増えています。まだ署名はできます。施設入所の話もあるので、早く任意後見契約を作りたいです。妹には知らせると反対されるので、できれば早く進めたいです」と相談がありました。
新人がしてはいけない対応
- Bさんの説明だけで手続を進める
- Aさんのうなずきを意思確認と扱う
- 「署名できるなら大丈夫」と判断する
- 妹に知らせない理由を確認しない
- 本人単独面談をしない
実務対応
冒頭で「本日はAさんご本人が任意後見契約の内容を理解し、ご自身の意思で契約を希望されているか確認します」と説明します。Bさんが回答を先回りする場合は「今はAさんご本人の理解を確認する時間です」と制止します。そのうえで単独面談を実施し、今日の相談目的、任意後見契約の意味、Bさんに何を任せるのか、なぜBさんを選ぶのか、妹に知らせないことをどう考えるか、契約を急ぐ必要を本人が感じているかを確認します。
保留すべき回答
Aさんが「よく分からない」「長男がそう言うから」「今日から長男が全部やってくれるんでしょう」「施設に入れなくなると困るから署名します」と述べる場合は、任意後見契約の作成支援を進めず、再面談、医師確認、公証役場相談、成年後見申立支援の検討に切り替えます。
13. 実務チェックリスト
- 初回相談記録を確認した
- 相談開始者を確認した
- 家族関係・親族対立を確認した
- 契約を急ぐ事情を確認した
- 本人と直接面談した
- 本人確認書類を確認した
- 面談目的を本人が理解していた
- 本人単独面談を実施した
- 契約目的を本人が説明できた
- 受任者を選ぶ理由を説明できた
- 代理権の範囲を理解していた
- 報酬・費用を理解していた
- 監督人と開始時期を理解していた
- 強制や誘導がないか確認した
- 契約を保留できると説明した
- 同席者の影響を排除した
- 同席者の誘導発言を記録した
- 認知症診断や通院歴を確認した
- 医師確認の要否を検討した
- 公証役場事前相談を検討した
- 受任可否の判断理由を記録した
14. 確認テスト
本人が「息子に任せます。詳しいことは分かりません」と述べた場合、契約準備を進めてよいですか。
本人が「今日から長女が通帳を管理する契約」と説明した場合、何を再確認しますか。
高齢であることだけを理由に作成支援を断ってよいですか。
医師の診断書があれば本人意思確認を省略できますか。
同席親族が単独面談を拒む場合、どうしますか。
15. 次回への接続
次回4-6では、本人意思が確認できた後に、任意後見受任者を誰にするか、親族・専門職・法人・複数受任者の選択、利益相反、適格性、受任者候補への説明事項を扱います。代理権目録の具体的な設計は第4-7回、公正証書内容は第4-11回、公証役場との調整は第4-12回で扱います。